丘の上の小さな 美容室
 珍しく予約が入らず、今日は少し早めに店を閉めた。
 たまにはサプライズ、とあたしはMIOへと軽い足取りで向かっていた。
 千紗の言葉もあって、あの日のことは気にせず、なにかタイミングがあれば聞いてみようと気持ちを切り替えていた。
 小丘を登り、鼻歌を歌いながらエコバックを揺らす。
 今日は寒いから鍋でも作ってもらおうと、材料を買ってきた。
 残念ながらあたしは料理は全くできない。美織が全てやってくれる。だからあたしはいつも買い物係だ。
 
 美容室のドアノブを引き、ちりんとドアベルを鳴らし「ただいま」と中に入る。
 するとハサミを持った美織があたしを振り返り、蕩ける笑顔でおかえり、と言ってくれたがあたしは回転椅子に座る女性客を見て、ぐっと押し黙った。
 その人は、あたしを振り返りさっと上から下まで観察し、妬みを含む目を向けてきたがそれも一瞬で、にこりと微笑み会釈した。
 あたしも軽く頭を下げて、美織の背中に一瞬手を添え、そして奥の部屋へと向かった。
 キッチンにエコバックを置き、両手をついて項垂れた。
 あの人。あの女。こないだ美織の隣りにいた女!
 ぎりり、と歯ぎしりをした。 
 美織のお客さんだったんだわ。
 でも、なんで、一緒にいたの。
 妻のあたしとのデートよりあの女を選んで予定を入れた。
 なぜ?もしかして、下見、とか。
 あたしよりもあの女のほうが合うなら乗り換えようとしている?だからとりあえずデートしてみて相性チェックしてみたりとか?
 今日はただの予約?それともこのあとなにかある?
 ぐるぐる考えながらキッチンで唸っていたら、ぽんっと肩を叩かれ悲鳴をあげた。
「きゃあっ」
「っ、すいません。考え事ですか?何か悩みでも?」
 振り向くと、美織が心配そうに顔を覗き込んできて口を引き結んだ。
 あなたのことで、悩んでるのよ。
 どうやって聞き出そう。
 さり気なく、耳に髪をかけた。
「もう、終わったの?」
「ええ。今日の予約はさっきのお客さんで最後です」
「さっきのお客さん、今日が初めて?」
「……ええ」
「……会ったことない?」
「ないですよ」
 美織がふいと目を逸らし、エコバックを広げた。
「鍋ですか。いいですね。すぐ用意します。深青、コート脱いで。先にお風呂入りますか」 

 あたしは呆然とした。
 美織は、嘘をついた。
 話を逸らした。
 
 わかる。
 美織、嘘ついたわね。

 先にお風呂って、なによ。
 いつも一緒に入りたがるくせに、動揺してるのが見え見えよ。
 エコバックから野菜を取り出しながら、必要なのは鍋なのにフライパンを取り出してまたしまっている。
 聞き出したい。でも怖い。浮気してるって言われたらどうしよう。
 その日はひとりでお風呂に入り、ふたりで鍋をつついて、あたしは考えごとがあるからと、先にベッドに入って悶々としていた。
 なかなかベッドに入ってこない美織が気になってまだ明かりのつくリビングを覗き見ると、美織が真剣にスマホと向き合い、ときどき口の端を上げ、なんだか楽しそうにしている様子を目の当たりにしてベッドに戻った。
 あの人と、連絡を取り合ってるのかしら。
 なにか、証拠が欲しい。
 布団の端をきゅっと握りしめ、唇を噛み締めた。
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