丘の上の小さな 美容室
「気づいてたんですね。割と、良かったですよ」
「割と良かったのね」
「次の休みに深青にも来てほしいんですが……」
「なんであたしがここに来なくちゃいけないのよ」
 三人で何を話すというの。
 慰謝料とか。離婚について。それともあたしへの説得だろうか。
「あたしの許可、必要?もう心は決まってるんでしょ?」
「そんなことありません。やっぱり深青にも見てもらわないと。俺の意見だけでは決められません」
「あなたが、いいなら。いいんじゃないの」
 そんな優しさいらないわよ。
 黒髪ロングヘアの美人がいいならもう行けば。
 ぼろぼろ泣き出したあたしの顔を、美織は慌てて覗き込む。
「どうしたんですか。やっぱり、まだ、嫌ですか」
 拗ねて真逆のことを言ってしまったが、本心は違う。あたしはマフラーを濡らしながらこくん、と頷いた。
「嫌よ。絶対嫌。美織と離婚なんてしたくない。あたしは、あの人と比べるとなんか劣ってるんでしょ?美織の中で何が決め手だったの?あたし、悪いとこ直すから。だから、またあたしのこと選んでよ。美織のこと、諦められない」
「深青。一体何の話を……」
「あの人に乗り換える気なんでしょ。気づいてたのよ。バカにしないで」
 あんぐりと美織が口を開ける。
 浮気がバレていたなんて想像もしなかったのだろうか。あたしがぼろぼろ泣いていると、美織があたしの顔を両手で包みこんでむっとし、眉根を寄せ鋭い目つきで睨んできた。
「バカにしているのは深青のほうです。とんちんかんもいい加減にしてください。俺が深青と、り、離婚だなんて……絶対にしませんからね。あの人は不動産の人です。新居の下見に行ったんです」
「新居」
「はい。深青の職場と俺の職場のちょうど中間地点によい物件があったので、どうかと思って……」
 でも、深青はまだ一緒に住むことに了承してないし、内緒で色々見ていたんです、ともごもご言いながら俯いた。
「まさか、そんな、浮気を疑われていたなんて微塵も思わなかった」
「だって、あの黒髪ロングヘアの美人と何度も会ってるし、せっかく休日が合ったのに一緒にいてくれないし、後をつけたら、ここに入っていったから、あの人の部屋だと思ったの」
 美織はぎゅっとあたしを抱きしめる。
「誤解させて、たくさん傷つけて、離婚なんて言わせてすいません。恵に怒られても仕方ないですね。でも、深青は誰にも譲らない。生涯俺だけのものです」
「うん。……良かった。そう言ってくれて嬉しい」
「今日は、このまま帰りましょう。ちょっと待っていてくださいね。不動産の人に言ってくるので」
「あ、待って。あたしも行くわ」
「?そうですか」
「あの人、美織のこと狙ってるわ。あたしにはわかる」
「不動産の人ですよ。女性と二人で会ったのは、すいません。新居のことは、まだ秘密にしたかったので。ああ、でも距離が近いなと思うことはありましたね」
「触らせてないわよね」
「勿論です」
「……美織。その内見キャンセルして。あたし、美織の家に住むわ。ヤキモチとかもうどうでもいいわ。あたしが一緒に住んで、美織に群がる虫を全部追い払う。決めた。美織、一緒に住みましょ」
「ヤキモチ?何の話ですか」
「こっちの話だから気にしないで。とりあえず黒髪ロングヘアの美人に牽制しに行くから連れてって」
 あたしは美織の腕に巻きついて、歯ぎしりしながら自動ドアを潜った。
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