丘の上の小さな 美容室

丘の上の小さな美容室


 暖簾の隙間から、お客さんの髪に触れる美織をじとーっと睨む。視線に気づいたお客さんがビクッと肩を揺らすとあたしはさっと引っ込む。
 頼まれた紅茶とクッキーを用意してサイドテーブルに置くと、カラー待ちしているお客さんから離れて美織が近寄ってきてキスをする。
 くしゃ、と頭を一撫でして、紅茶とクッキーの載ったトレーを持ってお客さんに出していた。
 美織の仕事が終わると、今度はあたしの予約のお客さんがちりんとベルを鳴らして入ってきた。今日は最近常連客になった若い男性だ。いらっしゃいませ、とお迎えして寝台へと案内する。施術中、美織が鋭い目つきで男を牽制するけれど、うつぶせの状態のお客さんにはどこ吹く風。たまに「なんか、悪寒が……」と顔を上げる人もいるけれど、美織は見られる前にさっと姿を消してしまう。施術を終えると、キッチンで温めのハーブティーを用意する美織に背伸びをしてキスをする。
 ハーブティーをトレーに載せてお客さんに差し出して、会計を終えてお見送りをすると、美容室の片付けをしながら、まだ拗ねている美織の背中に抱きつきその腰に腕を回す。
「今日も嫉妬してしまったわ。あのお嬢さん美人だったわね」
「深青のほうが綺麗です。それより常連客のあの男性、来る頻度が高くないですか。予約を理由に深青に会いに来ているのではないでしょうか」
「肩凝りが酷いのよ。あそこまで酷い人も、なかなかいないわ」
「そうですか」
「そうよ。妬いたの?嬉しい」
 ふふ、と笑いもう一度キスをした。
 
 美容室を増築し、あたしは一部屋借りてひとりでサロンを開いている。
 時間が開けば美容室を手伝い、美織も同じようにサロンを手伝ってくれる。
「明日は予約が入ってないの。美容室、定休日でしょ?映画でも行かない?」
「そうですね。行きましょう」
「帰りにちょっといい料亭でご飯食べに行きましょう。映画はね」
「待って深青。今、珈琲を淹れますね。クッキーも用意します。それからゆっくり話しましょう。映画、何か見たいのありますか」
「うん。あのね、これ」
 あたしはスマホを操作しながら美織と並んで暖簾を潜り、リビングに向かった。 


 丘の上には小さな美容室がある。
 あたしはその美容室で、やきもちやきでどうしようもないほど愛しい旦那様と暮らしてる。
 その旦那様は、やきもちやきで独占欲の強い奥さんのあたしを大切にしてくれている。 

 とても、幸せ。
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