丘の上の小さな 美容室
番外編 離婚の危機
「また喧嘩したの?」
撫子さんがケーキを頬張りながら呆れ顔をした。
美容室近くの喫茶店。
あたしが一人で珈琲を飲みながら黄昏ていると、小窓からあたしを発見した撫子さんが入ってきて断りもなく前の席に座った。ケーキセットを頼んで「なんかあったの?」と聞かれ素直に言えないでいるとすぐに悟られた。
あたしは気まずくて視線を合わせず結婚指輪を抜いたり嵌めたりを繰り返し、珈琲を飲んで溜息をついた。
結婚生活は順調だった。
美織のお客さんに嫉妬したり、嫉妬されたりしながらも、お客さんの見送りが終わればくっついて。
美織の一番はあたしよね?と拗ねるとベッドの中で散々甘やかしてくれる。逆に拗ねた美織にはあたしの一番は美織だから、と耳元で囁きその首筋にキスを落とせば獣のようにがっついてくる。
痴話喧嘩は数え切れないけど、こうして仲直りしてきたけど。
今回は、割と本気で喧嘩した。
でもきっかけは些細なことだ。
いつものように、あたしのお客さんに美織が嫉妬して、あたしが美織を甘やかしている最中だった。
ベッドの中で美織を慰め、甘えてきた美織はあたしの胸に顔を埋めてまだ拗ねていた。
「今日の客、初めてでした?」
「ううん。二回目かな」
「親しそうでしたね」
「普通でしょ」
「違います。なんだか、……俺を見る目と同じ気がしました」
ぎく、とした。
僅かな動揺に、美織はすぐに気づいて胸から顔を上げ鋭く睨む。あたしはまた美織の顔を胸に埋めようとしたが、美織の首は断固として動かずあたしを睨みつけたままだった。
「タイプだったんですか?」
あたしは答えない。
そう、タイプだった。
美織によく似た、眼光鋭い筋肉隆々のストライクだった。
タイプだったけれど、美織に似ていたからで、あたしのどストライクは美織だけだ。
でもなぜかやっぱりちょっとだけ気まずくて黙ってしまうと、美織ははあ、と溜息を吐いてあたしから離れていった。美織の匂いと体温が、遠くなってしまい隙間風が吹く。一糸纏わない美織の体は美しく、鍛えられた筋肉はあたしの心を魅了する。
そんなあたしに気づかずに、美織は不貞腐れそっぽを向いた。
「髪を切ったのが俺じゃなかったら、深青は今頃違う男と結婚していたんでしょうね」
いきなりの発言に、あたしは蕩け顔で見つめていた美織の体から意識を離し、身を起こして眉根を寄せた。