冷徹CEOと、一夜から始まる溺愛契約
彼は、湊の数少ない「事情を知る人物」だ。入籍の手続きや、引っ越しの手配も彼が取り仕切ってくれた。
「あの、吉田さん」
「はい、高嶺……失礼、奥様」
吉田さんが誰もいないことを確認して、いたずらっぽく微笑んだ。
彼は会社では私を一般社員として扱うが、二人きりの時だけはこうして「奥様」と呼んでくれる。
「社長は、今お時間ありますか? あの、これを……」
差し出したボトルを見て、吉田さんはすべてを察したように頷いた。
「お心遣い、社長も喜ばれるでしょう。少々お待ちください」
吉田さんが内線で確認してくれる。
「はい、大丈夫です。どうぞ」
ドアをノックして、中に入る。
「失礼します」
広い社長室。大きな窓からは、今日も東京の街が一望できる。
デスクで書類を見ていた湊が、顔を上げた。
「紗良?」
驚いたような表情。
「どうした? 何かあったのか?」
私は、保温ボトルを差し出す。
「あの……コーヒーを、淹れてきたんです」
湊の目が、大きく見開かれる。
「コーヒー?」
「はい。湊の好きな、深煎りのブラックです」
湊が、そっと立ち上がる。
そして、私の前に歩いて来た。
「お前が……俺のために?」
「はい。たまには、妻らしいことをしたくて」
その言葉を口にした途端、頬が熱くなる。
「……二人きりだと、ここが会社だということを忘れてしまいそうです」
「構わない。吉田以外には、誰も入ってこないよう命じてある」