隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 メインディッシュが終わり、残すは食後のデザートだ。

 デザートが運ばれるまでに少し時間がかかるとのことで、私は彼に今日のお礼を告げた。


「こんな素敵なお店に連れてきていただいて、ありがとうございます」

「喜んでもらえてよかったよ。ここは個人宅のレストランだから、一見客お断り、紹介制の店なんだ。客は一日一組のみ、密会をするには最高の場所だ」

 神田さんは茶目っ気たっぷりにそう言うけれど、『密会』という言葉にドキッとした。

「あの……、今日はどういった用件で私と食事を……?」

 あの時のお礼なら、あの場で一緒にいた大井さんにも同様のことをするはずだ。なのにこの場にいるのは私ひとり。

 今さらながらの私の警戒心に気づいた神田さんが、とんでもないことを口にする。

「ホテルで倒れたところを見られてしまった楠野さんに、改めてお願いしたいことがあるんだ」

「お願い……?」

「しばらくの間、俺の恋人の役をお願いしたいんだ」

 想定外の発言に、私は固まった。

『しばらくの間、俺の恋人の役をお願いしたいんだ』

 この言葉が、頭の中を駆け巡る。

 ようやく言葉の意味を理解した瞬間、思わず断りの言葉が口をついた。

「む、無理です……!」

 この人は、私と住む世界が違う。価値観だって、生活水準だって全然違う。ましてやこうしてきちんと会話をするのは今日が二度目、ほぼ初めまして状態の人なのだ。私にこんな話を振る意味がわからない。

「突然こんなこと言われて断るのは理解できる。俺が楠野さんの立場だったら、同じ反応をすると思う。でも、俺はあなたに恋人役をお願いしたい」

 なぜ、この人は私に固執するのだろう。彼の真意がわからない。

「どうして私なんですか? ――あの時、あの場には私だけでなく、ホテルスタッフの女性も一緒にいたはずです。彼女の方が適任なのでは……?」
 
 私の問いと、デザートが運ばれてきたタイミングが重なり、会話は一旦ここで中断となった。
 食後のデザートは、パンナコッタとコーヒーだ。
 先にパンナコッタを食べて、その後質問の答えをもらうことで同意し、私はスプーンを手に取った。

 そしてデザートを食べ終え、コーヒーを飲み終えたタイミングで神田さんが口を開く。

「さっきの話の続きをしよう。俺は……、次期社長に就任が決まっていて、親が気に入っている女性――実質的な婚約者候補もいる。ただ、それは親が勝手に決めたことで俺の意思に反している。このままいけば、その女性と結婚することになるだろう」

 私は神田さんの言葉に、やはりこの人とは住む世界が違うと実感した。
 ここは現代日本だ。民主主義の、自由な国のはずだ。
 それなのに親公認の婚約者候補って……、結婚するのに自分の意思が通らないなんて、この人は今後、ますます疲労の匂いが強くなるだろう。そして、またあの時みたいに倒れてしまう……
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