隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 屋外にいるせいか、遼さんもリラックスしていてストレスの匂いは感じない。
 平日すれ違っていた時は、疲労とストレスの匂いを感じていたけれど、疲労の匂いも少し和らいでいる。
 この調子なら、栄養管理もそこまで長引くこともなさそうだ。

 私たちは何も話すことなく、ただぼんやりベンチに座って公園内を眺めていた。
 無になる時間――
 彼にとって、この時間は仕事に入る前の儀式みたいなものだ。
 私は隣で黙ったまま、空を見上げたり、風を感じたりしていた。
 契約恋人初日の顔合わせで何を話せばいいのか内心困っていたけれど、こんなふうにのんびり、まったりする時間は苦痛でない。

 時間が経つのはあっという間で、気がつけば私のスマホのアラームが鳴り、我に返った。

「え、もうそんな時間?」

 お互いがびっくりだ。

「みたいですね、あっという間でした。……じゃあ、今日は仕事が終わったら一度ホテルに伺いますね。買い物へ行く前に、調理器具や家電の有無を確認したいので」

 私はスマホのアラームを止めて、ベンチから立ち上がる。
 遼さんも一緒に立ち上がると、公園の入口まで一緒に並んで歩いた。

「じゃあ、仕事頑張って」

「はい。遼さんも頑張ってください」

 声を掛け合ってここで別れると、私は職場へ向かって歩き始めた。


 今日も仕事でトラブルなどもなく、残業もなく定時で上がることができた。
 フィットネスのインストラクターに、安田(やすだ)さんという私と年の近い男性がいる。安田さんから「楠野さんも一緒に身体を動かしていこう」とよく誘われるけれど、運動が得意ではないことを理由に断ってきた。
 
 今日も休憩時間中にお誘いを受けたけれど、フィットネスのお誘いの裏に、私と個人的なお付き合いを望んでいるような気がした。
 私の思い上がりかもしれないし、自意識過剰と言われてしまえばそれまでなので、どうしようと思っていたけれど、遼さんにお願いしてみてはどうだろうと突如ひらめいた。
 
 遼さんとは期間限定の契約恋人だから、彼を巻き込んでしまうことをためらったけれど、困った時はお互い様精神で助けてくれるのではないかと思った。もし次に安田さんから誘われたら、「彼と一緒でもいいですか」と言って様子を見てみよう。その前に、遼さんにこのことを相談しなければ。

 仕事中ではないので遼さんのいる部屋へは連絡用通路を通らず、一度外に出てからホテルのロビーを通っていかなければならない。
 頻繁にホテルを出入りすることになるので、私の顔を知っている従業員には不審に思われるかもしれない。特に大井さんはあの時一緒に彼の部屋に行ったので、彼女にだけは事情を説明しておいた方がいいだろうか。
 そんなことを思いながら、スイートルームのある最上階へ向かうエレベーターに乗った。
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