隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 遼さんのいる部屋の前に到着し、私は部屋のインターフォンを押す。
 職場を出る前に『今から行きます』と連絡しておけばよかったと後になって思ったけれど、仕事終わりに行くことを伝えていたし問題ないだろう。
 インターフォンを押して少しして、ドアが開く。
 ドアの隙間から遼さんの姿が見える。彼の顔を見ただけで、安堵する私がいた。

「お疲れさま、どうぞ」

 遼さんはそう言って私を部屋に招き入れた。
 私はその言葉に従って、部屋へ足を踏み入れる。
 スーツのジャケットは脱いで入るけれど、まだ仕事中なのか、少し疲労の匂いがする。
 
 ドアを開ける前に誰が来たかをきちんと確認しないのはどうかと思うけど、きっと私以外の来訪予定者はいないのだという証でもあった。
 
「失礼します」

 私はそう言うと、遼さんに案内されてキッチンへ向かった。
 先日は遼さんが倒れていたため部屋をじっくりと拝見する余裕がなかったけれど、サン・クレアホテルは長期滞在型のレジデンス系スイートルームなので、フルキッチンの設備が整っていた。

 コンロやオーブンに始まり、大型冷蔵庫に電子レンジ、調理器具や食器も揃っている。

「冷蔵庫の中って、何か食材はありますか?」

「いや……、食事は会食がない限り本当に適当で、それこそコンビニでおにぎりや菓子パンを食べる程度。冷蔵庫の中もろくなものは入ってない」

 遼さんはそう言って、冷蔵庫の扉を開けた。
 その言葉の通り、冷蔵庫の中にはペットボトルのスポーツ飲料やパウチされているゼリーなど、不健康極まりない。
 部屋を見渡してみたけれど、ホテル住まいのせいもあり、生活感というものがまるでない。
 
「わかりました……。今から買い出しに行ってきます。ちなみに『これが食べたい』ってものはありますか? あと、食べ物のアレルギーなどがあれば、それも教えてください」

 買い出しに行くにも、まず本人の食の好みを知ってからだ。
 そしてアレルギーなどがあれば、その食材は避けなければならない。

「そうだな……、まずはとにかく貧血をどうにかしなきゃだな。応急処置的にサプリメントは服用しているけど、食事で改善させるようにとの指示だったから。アレルギーはない」

「わかりました、貧血対策ですね。アレルギーもないなら、何でも大丈夫ですね。食材の好き嫌いとかはありますか?」

「好き嫌いをしないようにと育てられたから、大概のものは大丈夫だと思う」

 好き嫌いやアレルギーがないなら、献立を考えるのも楽だ。

「ちなみに、ここにはお米なんて……」

「ない」

 私の問いに即答だった。これは大量に食材を購入しなければならないな……
 でも、お米がないなら、とりあえずは今日の食材だけでもいいか。
 貧血なら、レバーやほうれん草が手っ取り早いかな。

「わかりました。今から買い出しに行ってきます」

 頭の中で献立を考えながら、踵を返して部屋を出ようとする私に、遼さんが「ちょっと待って」呼び止める。

「米も買うなら重いだろうから、俺も一緒に行く」

 遼さんはそう言うと、ジャケットを羽織り、ルームキーと車の鍵、スマホを手に取った。

「こういう時の荷物持ち要員って必要だろう?」

 恐らく仕事が行き詰っているのだろう。食材の買い出しで気が紛れるなら、付き合ってもらおうかな。食材も自分で選んでもらえば、安心して食べられるだろうし。

「では、お言葉に甘えて。荷物持ち要員、よろしくお願いします」

 私は彼の申し出を素直に受けると、一緒に部屋を出る。
 ホテルの近くにスーパーはないので、車を出してもらえると助かる。
 
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