隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 この日私は、銀行や役所など、日中の時間帯にしか営業していない場所での用事を済ませた。
 帰宅後は冷蔵庫の中の食材で簡単なものを作り、それで食事を済ませると、テレビでサブスク配信されている映画を視聴した。

 そして翌日――
 遼さんは先日の約束を守り、私が仕事中にフィットネスへ顔を出した。
 施設の中は全面ガラス張りで、受付側、ジム側からも両者丸見え状態だ。
 遼さんは、受付でわざと私と親しそうに話をする。私は遼さんに合わせて世間話をしながら楽しそうに笑みを浮かべる。もちろんこれは遼さんからの指示だ。
 普通、受付を済ませると会員さんはすぐに施設内の更衣室へ向かうけれど、あえてそうせず私と世間話をするのは、安田さんの視線を確認するためだった。
 案の定、安田さんがガラス越しにすごい目でこちらを見ている。
 それを遼さんに伝えると、「後は任せろ」と言って更衣室へ向かった。
 
 更衣室から出てきた遼さんは、ジョギングの時の派手なレギンスと違って地味な色のジャージ姿だった。
 派手な色のレギンスを見慣れていた私には、その姿が意外に思えたけれど、ここは会員制のフィットネスとはいえ自分の個人情報を預けている場所だ。少し調べれば、どこのだれかなんてすぐにわかってしまうため、目立つような立ち振る舞いはできないのだろう。

 遼さんは、わざと安田さんの近くにあるマシンを使ってトレーニングを始めた。
 私は内心ハラハラしながら、遼さんの姿を目で追っていると、案の定安田さんが遼さんに何か声を掛けたようだ。

 こちらには二人のやり取りの様子だけは見えても声までは聞こえない。
 いったい何を話しているのだろう。
 気になってそちらばかり見ていたけれど、ちょうどそのタイミングで施設を利用する会員さんがやって来たので、私はそちらの接客に集中することにした。
 
 会員さんと少し世間話をしている間に、遼さんと安田さんは会話を終えたようで、安田さんはほかの会員さんのもとへ向かっていく。遼さんは黙々とトレーニングを続けている。

 私は二人の様子が気になりながらも仕事を続けた。


 遼さんは一時間くらいトレーニングをして、仕事に戻った。
 帰る時に、受付に立つ私の耳元で、「話はつけてきたから心配いらない」と囁いた。
 その様子をガラス越しに安田さんが見つめているのは気付いていたけれど、遼さんに気を取られてその表情までは見えなかった。

 そして案の定、その日の休憩時間、社員食堂で食事中の私のもとへ安田さんがやって来た。
 でも、いつもみたいに私に「一緒にトレーニングをしよう」とか、「休日一緒に出掛けよう」などといった声を掛けることはない。ただ、黙って私のそばで食事をとっている。
 私から敢えて何か話すことでもないので、そのままいつものように過ごしていると、周囲を気にしながら意を決したように安田さんが口を開いた。
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