隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「楠野さん、すみません。素敵な彼がいたんですね……。お相手の立場のことがあるから、公にしていなかったって、さっき彼氏さんから話を聞きました」

 私は何と答えたらいいかわからなくて、俯いたままだ。

「こう言ってはあれだけど楠野さん、これまで全然男っ気なかったし、でもずっと気になっていたから負担にならない程度で自分をアピールしていたんだけど、全然相手にしてくれないし。この前一歩踏み込んだ誘いをしてしまったことで彼氏持ちなんだとわかったけど……。彼氏がいるなら最初からはっきり言ってほしかった」

 安田さんの言葉に、私は何も言い返せない。
 たしかに私の態度は彼に対して思わせぶりなところがあったかもしれない。けれど、直接告白されたわけでもないので、私の思い上がり、自惚れだと思うと下手に何も言うことはできなかった。
 それに、これは口に出すことができないけれど、本当は遼さんとはお付き合いなんてしていないのだから、尚更だ。

「すみません……」

 唯一口から出るのは、この言葉だけ。
 でも、私の言葉で安田さんも納得がいったようだ。

「まあ、これからも一同僚として、よろしくお願いします」
 
 そう言って、安田さんは食器を載せたトレイを手に持つと席を立って器を返却し、そのまま社員食堂を後にした。

 私はその後ろ姿を見つめることしかできないでいる。


 休憩時間が終わり、仕事も無事終わり、私はいつものように食材を購入して遼さんの待つホテルへ向かう。いつものルーティンで、スーパーから出た途端、一人の女性に声を掛けられた。

「あの、すみません。楠野薫さんで間違いないでしょうか?」

 名前を呼ばれて振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
 年のころは私とそう変わらないくらい。身長も私とそう変わらないくらいだろうか。顔立ちも整っていて、可愛いというより綺麗という形容詞が良く似合う。
 服装は、流行を押さえるような感じではなく、ベーシックなものを着用している。いいものを長く愛用するタイプの人なのだろう。彼女はきっと、裕福な家庭の育ちだ。お金に心配がない人特有の、全てにおいて、余裕のある匂いがする。

「はい、そうです。失礼ですが、どちらさまでしょうか……?」
 
 フィットネスの顧客でこの女性の顔を見たことはない。
 心当たりがあるとすれば――

 私の問いに、彼女はふわりと微笑んで、こう言った。

「はじめまして、神宮寺(じんぐうじ)浩子(ひろこ)と申します。遼さんとは家族ぐるみのお付き合いをさせていただいています。……まだ正式ではないですけど、婚約者的な立場の者、と言えば、ご理解いただけるでしょうか?」

 私は、手に持ったエコバッグを落とさないよう、ぎゅっと握りしめた。
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