隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 そのタイミングでコーヒーが運ばれてきたので、話はここでいったん中断した。

「温かいうちにいただきましょう」

 神宮寺さんはそう言って、カップを手に取った。
 コーヒーのいい香りが、私たちを包み込む。
 私も彼女の言葉に従い、カップを手に取り口をつける。

 コーヒーの味の違いなんて正直よくわからないけれど、彼女のお勧めだけあり、とても飲みやすい味だった。

「……おいしいです」

 私の声に、神宮寺さんもニッコリと微笑んだ。

「お口に合ってよかった。――じゃあ、話の続きをしましょうか」

 その言葉とともに、彼女を纏う空気が一変した。
 コーヒーと同じように温かくほわっとしていたのに、厳しさを纏う冷たさが加わる。
 でもそこに、先ほどと同じく私に対する攻撃性は感じられない。
 私はコーヒーカップをソーサーの上に戻し、姿勢を正す。

「神田食品ホールディングスは言わずと知れた名家ですけど、今、伝統菓子部門を守る保守派と機能性スイーツを推し進める改革派――内部対立があるのはご存じかしら」
 
 彼女の言葉に、私はうなずいた。
 ネットニュースで見た内容と相違がない。
 神田食品ホールディングスは、創業者である遼さんの祖父から父親に代替わりしてから、安価な菓子製造を止めて機能性スイーツ部門を立ち上げたり、海外進出をしたりと販路拡大を進めてきた。しかし、世界情勢の変化や外国為替の円安で、海外部門は危機的状況に陥っている。そして、機能性スイーツについても保守派との内部抗争が続いている。

「ネットニュースで見た範囲のことくらいは……」
 
 私の返事に、神宮寺さんはうなずく。

「そうね……、遼さんも、下手に内部事情を部外者に話すようなことは避けているのね。――今の社長、遼さんのお父様が社長になって、会社は大きく変わった。先代のおじい様の時のように、庶民に親しまれるお菓子とブランドのお菓子、差別化を図っての経営から一気にグローバル化した。けれど、結果はあなたもご存知の通り、今の時代と大きく乖離している」
 
 その言葉に、私は何も言えず黙って話の続きを待っていると、神宮寺さんは大きく息を吸って、言葉を続ける。

「失礼を承知で申し上げます。……あなたの身辺調査をしました」

 言葉の意味が理解できず、私は一瞬固まった。
 私の身辺を調査って……

「先日、遼さんがご両親の前で、『好きな人がいるから、私を含む、ほかの女性との見合い話は持ってきてほしくない』と不快感を表したの。それを聞いた遼さんのご両親が、興信所を使ってあなたのことを調べさせたの」

 神宮寺さんの言葉に、私は驚いた。
 遼さん、いつの間にそんなことをご両親に話したのだろう。
 私は朝のウォーキングの時間と仕事が終わってからの数時間だけしか顔を合わせることがないから、仕事中だろうか。
 それにしても、遼さんが倒れてこの契約恋人の話をしてからまだそんなに日が経っていないのに……
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