隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「私たちは正式に婚約をしているわけでもないし、私自身、遼さんに対してまだ恋愛感情があるわけでもない。でも本当に政略結婚の話が出るのなら、彼のことをきちんと理解した上で結婚に臨みたいと思っていました。でも、彼は私よりあなたを選んだ。その意味がわかりますか?」

 神宮寺さんが発した最後の言葉の意味がわからない。

「いえ……。すみません、わかりません」

 素直に答えると、彼女は軽く息を吐き、再びコーヒーに口をつける。
 ひと口飲んで喉を潤すと、まっすぐ私の顔を見て、こう言った。

「あなたには、彼の役に立てる、後ろ盾になるものがありますか?」

 その言葉で、私が一般家庭の子どもで、しかも母子家庭であることを示唆していることに気付いた。

「遼さんは何の後ろ盾もない、一般人であるあなたを選んだ。そのことで今、会社の中で彼は孤立無援状態です。神田食品は歴史ある会社で、彼は次期社長になるべく、経営面の問題を解決しなければならない。そんな彼を支えるのは、神田食品に関連する会社の令嬢。少なくとも、彼のご両親や親戚たちはそう考えている。そして私の両親も、それを望んでいる」

 その言葉を聞いて、私は後悔した。
 どうしてこんな重要なことを軽はずみに引き受けたのだろう。
 彼の背景のことを考えたら、私は適役ではない。
 もっと立場のある女性だったら、遼さんのご両親や親戚の方も、彼の言葉を聞いてくれただろうか。遼さんもがんじがらめにならず、自由に生きることができただろうか。

 神宮寺さんは、黙って私を見ている。
 何か言葉を発したいのに、何と言えば正解なのかわからない。
 彼女の言葉は、私にかなりの重圧を与えてくるけれど、そこに悪意は感じられない。

 彼女は両家の両親や親戚も認める婚約者候補の女性だ。
 私の存在がなければ、彼女が遼さんの隣にいるべき女性だったのに、私に対して嫉妬心といった感情をぶつけてくることはない。
 どこまでも出来た女性だ。

 しばらく沈黙が続いたけれど、神宮寺さんはコーヒーを飲み干すと席を立った。

「私はあなたに意地悪をしたいわけではないの。ただ、遼さんがあなたを選んだのだから、あなたにはその事実を知る権利がある。その上で、本当に彼を支える覚悟があるのなら、私は何も言わない。……せっかくのコーヒーも冷めちゃったわね。嫌な思いをさせてごめんなさい」

 そう言うと、伝票を手に取りレジへ向かった。
 私は、彼女の後ろ姿を見つめていた。

 
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