隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
第一章 再会
ある日のことだった。
お昼を少し回った頃、勤務先の施設と併設、提携しているサン・クレアホテルのフロントから連絡が入った。
『スイートルームのお客様と、今朝から連絡が取れなくて……。もしそちらでトレーニングをされていらっしゃるなら問題ないんですけど』
ここは会員制の施設だ。電話をかけてきたホテルスタッフからお客様の名前を伺うけれど、現在施設を利用されている顧客の中に、該当する名前は見当たらない。
それだけで、胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
ただ、嫌な予感だけが先に立つ。
そして、私のこういう時の勘は、不思議なくらいよく当たる。
私は受付カウンターにいる同僚に事情を話すと、彼女も血相を変えて「ホテルに行ってきなよ」と言ってくれた。
私は事務所に置いてある業務用のカードキーを手に取ると、ホテル棟へ続く連絡用通路に向かった。
ここは従業員専用の通路で、一般の利用者は通れない。そのため防犯対策として常に施錠されているのだ。
連絡用通路の廊下は、綺麗に磨き上げられている。ここを通るのはこの時間、私以外に誰もいない。静かすぎて、足音がやけに大きく響いている。
ホテル棟に到着すると、顔見知りのホテルスタッフ、大井さんという女性と一緒にスイートルームのある階へ向かった。
ホテルのエレベーターは最新式のもので、上階へ昇る時間は比較的短いはずなのに、気持ちが焦っているせいか到着がいつもよりも長く感じられる。
スイートルームのある最上階のフロアに到着すると、私たちは目的の部屋へ歩を進めた。
念のため部屋の入口に設置されているインターホンを押しても、ドアをノックしても返事はない。
何だか嫌な予感がする。
「失礼します」
大井さんが、マスターキーを使って部屋のドアを開けた。
マスターキーで開けられた扉の向こうは、整いすぎるほど整っている。
このような機会でもないとスイートルームへ足を踏み入れることなどない私は、余裕があればじっくりと部屋の中を観察しようと思っていた。
大井さんに続いて部屋に足を踏み入れると、リビングも、テーブルの上も、何ひとつ乱れていない。
けれど、部屋の主の姿は見えない。
不思議に思いながら、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、空気の質が違うことに気づいた。
ホテル特有の、上品で無機質な匂いの奥に、人の気配が、重く沈んでいる。
それも、限界まで追い込まれた人の臭い。
胸が、きゅっと縮む。
この匂い……、記憶に残っている。
朝のウォーキングで会う、派手なレギンス姿の男性の匂いと似ている。
まさか、でも……
「……もしかして、寝室かな」
自分でも驚くほど落ち着いた声が口から出ると、まっすぐに奥へ進む。
私の声に反応した大井さんが、私の後に続いた。
カーテンが閉め切られた薄暗い寝室のその床に、倒れるように横たわる人影があった。
お昼を少し回った頃、勤務先の施設と併設、提携しているサン・クレアホテルのフロントから連絡が入った。
『スイートルームのお客様と、今朝から連絡が取れなくて……。もしそちらでトレーニングをされていらっしゃるなら問題ないんですけど』
ここは会員制の施設だ。電話をかけてきたホテルスタッフからお客様の名前を伺うけれど、現在施設を利用されている顧客の中に、該当する名前は見当たらない。
それだけで、胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
ただ、嫌な予感だけが先に立つ。
そして、私のこういう時の勘は、不思議なくらいよく当たる。
私は受付カウンターにいる同僚に事情を話すと、彼女も血相を変えて「ホテルに行ってきなよ」と言ってくれた。
私は事務所に置いてある業務用のカードキーを手に取ると、ホテル棟へ続く連絡用通路に向かった。
ここは従業員専用の通路で、一般の利用者は通れない。そのため防犯対策として常に施錠されているのだ。
連絡用通路の廊下は、綺麗に磨き上げられている。ここを通るのはこの時間、私以外に誰もいない。静かすぎて、足音がやけに大きく響いている。
ホテル棟に到着すると、顔見知りのホテルスタッフ、大井さんという女性と一緒にスイートルームのある階へ向かった。
ホテルのエレベーターは最新式のもので、上階へ昇る時間は比較的短いはずなのに、気持ちが焦っているせいか到着がいつもよりも長く感じられる。
スイートルームのある最上階のフロアに到着すると、私たちは目的の部屋へ歩を進めた。
念のため部屋の入口に設置されているインターホンを押しても、ドアをノックしても返事はない。
何だか嫌な予感がする。
「失礼します」
大井さんが、マスターキーを使って部屋のドアを開けた。
マスターキーで開けられた扉の向こうは、整いすぎるほど整っている。
このような機会でもないとスイートルームへ足を踏み入れることなどない私は、余裕があればじっくりと部屋の中を観察しようと思っていた。
大井さんに続いて部屋に足を踏み入れると、リビングも、テーブルの上も、何ひとつ乱れていない。
けれど、部屋の主の姿は見えない。
不思議に思いながら、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、空気の質が違うことに気づいた。
ホテル特有の、上品で無機質な匂いの奥に、人の気配が、重く沈んでいる。
それも、限界まで追い込まれた人の臭い。
胸が、きゅっと縮む。
この匂い……、記憶に残っている。
朝のウォーキングで会う、派手なレギンス姿の男性の匂いと似ている。
まさか、でも……
「……もしかして、寝室かな」
自分でも驚くほど落ち着いた声が口から出ると、まっすぐに奥へ進む。
私の声に反応した大井さんが、私の後に続いた。
カーテンが閉め切られた薄暗い寝室のその床に、倒れるように横たわる人影があった。