隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「……っ」

 私は息が詰まった。

 見覚えのある体格。
 乱れたシャツの襟元。
 そして、その横顔。

 ——やっぱり間違いない。この人は、公園ですれ違うあの彼だ。

 派手なレギンスで走っていた、名前も知らない人。
 初めてきちんと見るその顔はとても整っており、すれ違いざまの雰囲気からイケメンだと思っていたけれど、まさに顔立ちもイケメンそのものだった。
 私は彼のそばへ駆け寄り、膝をついた。

「大丈夫ですか?」

 頬に触れると、ひんやりとした肌から、じんわりと熱が伝わってくる。
 しかし、顔色を見ると血の気が引いて青白い。そのせいか、手に伝わる熱は弱い。

 呼吸は浅く、額にはうっすらと汗をかいている。
 それなのに、唇は乾いていた。
 とても体調が悪いのだろう。眉間に皺が、くっきりと刻まれている。
 パリッと糊の効いたシャツに、仕立てのよさそうなスーツ姿。
 倒れているせいで、服には変な皺がついてしまっている。
 身なりは綺麗に整えられているけれど、頬の肉は削げ落ち、目の下にもクマが出ている。

 ひと目見ただけで、わかってしまった。

 きっとこの人は、これまでろくに食事をとっていない。食べたとしても、きっと栄養バランスなんて考えない、いい加減なものばかりだったのだろう。
 そして究極的には、眠っていない。
 眠っていたとしても、睡眠時間は一日平均二~三時間だろうか。
 目の下のクマが全てを物語っているように見えた。
 無理を重ねて、こうなったのが伝わる。

 汗と清潔な香りが混じり合ったその奥に、身体を削るような疲労の匂いがこびりついている。

 ——過労。
 ——食事を抜いたことによる貧血。
 ——慢性的な睡眠不足。

 頭で考える前に、答えが揃っていた。

「どうして……」

 朝のウォーキングですれ違った時に、ここまでひどいと気付けなかった。
 全てを口にするには憚られるけれど、気持ちが思わず口から洩れる。
 
 私の声が彼の耳に届いたのか、彼のまつ毛が、かすかに震えた。

「あ……、今、反応しましたよね?」
 
 私の背後に立つ大井さんに、振り向きざまに確認を取ると、彼女も大きくうなずいた。

 彼の身体が、私の声に反応する。
 それだけで、胸の奥が少しだけ緩んだ。
 それでもまだ、私の緊張は解けないでいる。

「すぐに救急を呼びます!」

 背後で大井さんが慌ただしく動き出す。
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