隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 食事の管理の解任はまだ言い渡されていない。だから私は彼の食事を作る義務がある。
 私がメッセージを送ると少しして既読マークがついた。
 そして、再びメッセージを受信する。

『お願いします』

 私はメッセージの内容を確認すると、スタンプで返事をして、すぐに出かける準備をした。
 いつもは通勤時にウオーキングをするからパンツスタイルが多かったけれど、今日はロングスカートを履いている。いつもの格好に着替えようかと思ったけれど、休日くらい好きな格好をしてもいいだろうと思った私は、そのままの格好で出かけることにした。
 
 このような姿で人と会う約束をするのはいつ以来だろう。
 日頃着用しないスカート姿を見て、似合わないと一蹴されるだろうか。
 いつものように食材を買い込んでホテルへ向かうだけなのに、いつも以上に緊張するのは、彼に対する自分の気持ちを自覚したせいだ。

 いつものスーパーで食材を購入し、ホテルへ向かう。
 緊張のせいで化粧が取れていないか気になって、ホテルに到着するとエレベーターに乗る前にパウダールームへ駆け込んだ。

 鏡に映る自分の顔を確認し、深呼吸する。
 いつも通りにしていれば大丈夫。
 自分に言い聞かせてパウダールームを出ると、エレベーターに乗った。

 最上階で降りると、いつものように遼さんのいるスイートルームのインターフォンを押す。
 そして、遼さんは来訪者を確認することなくドアを開ける。
 全てがいつもの通りだ。

「だれが来たか、きちんと確認しなきゃダメでしょう」

 呆れた口調で私がそう言うと、遼さんも「薫以外、来訪予定はないから」と言って私を招き入れた。

 よかった、いつもの遼さんだ。
 緊張が少し緩み、私は部屋へ一歩踏み入れる。

 緊張のせいで遼さんの匂いの変化に気付くのが少し遅れたけれど、すれ違った瞬間、やはり遼さんからは疲労の匂いを感じる。

 会わないでいた間、やっぱり無理していたんだろうな……
 
 私はそのことに触れず、購入した食材を冷蔵庫に入れるため、キッチンへ向かう。
 遼さんは部屋のドアを閉めると、ゆっくりとした歩幅で私の元へ近付いてくる。

「昼食のリクエストを聞き忘れたので、簡単にできる親子丼にしますね」

 私はそう言って、買い物袋の中から鶏肉と卵、その他の食材を取り出す。
 
「ずっと連絡なかったですけど、出張中、きちんと食事はされてましたか?」

 沈黙が怖くて、私はとにかく何かを喋らなければと思って、出張中の様子を聞いてみることにする。
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