隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
「お仕事、大丈夫ですか? 私、邪魔だったら帰りますけど……」

「いや、ちょっと話したいこともあるからそのままで」

 私は「わかりました」と言って、そのままダイニングの席に着く。
 コーヒーを運んでくれた遼さんの表情がいつもより硬い。何か重大なことを決意し、それを告げようとしている。
 私は姿勢を正し、遼さんの言葉を待った。
 
 沈黙を、コーヒーの香りが緩和する。
 遼さんからは疲労に加え、苦悩の匂いがする。

 何がそんなに彼を苦しめるのか……

 私は黙って、遼さんが口を開くのを待つ。
 そしてとうとうその時が訪れた。
 遼さんは、苦しい決断を口にする。

「薫……、形だけでいい。俺と結婚してほしい」

 その言葉に、私の思考は停止した。
 ――結婚? 私が、遼さんと……?

「本当は君を利用したくない。君を、神田のお家騒動に巻き込みたくない。だけど、もし薫がこのままそばにいてくれたら……、俺は折れずに立っていられると思う」

 遼さんからは、疲労に加えて精神的な圧力、会社を立て直すための重圧といったものが感じられる。この部屋で初めて言葉を交わした時よりも、彼の疲労の匂いがひどくなっている。
 このままでは、本当に遼さんは壊れてしまう――

 そう思ったら、震えそうな手をギュッと握りしめ、深呼吸をしてから静かに口を開いた。
 
「このままでは、本当にあなたが壊れてしまいそう……。それだけは見ていられないです」

 私の言葉に、遼さんが顔を上げる。
 その瞳に、ほんの少しだけ希望の光が見えた。
 もし私がその希望の光になれるなら――

「契約内容を少し変更して、結婚しましょう。私は契約恋人から妻になります。――ただし、期間は当初のままで。それでいいですか?」

 できることなら、本当に愛された上で妻になりたい。
 でも、それは口に出せない。
 彼の負担になりたくない。
 遼さんに、本当に好きな人が現れた時、私は立ち直れない。
 
 私の言葉に、遼さんが見開く。
 自分から結婚しようと言っておきながらこの反応はいったい……?
 疑問に思いながらも遼さんの様子を見ていると、戸惑い気味の声が上がる。

「ああ……。薫には、俺のわがままに付き合わせてしまうことになるけど、本当にいいのか……?」

「はい。――短い期間ですが、よろしくお願いします」

 こうして私たちは契約結婚をすることになった。

 遼さんの実家には私の存在は知られている。
 興信所まで使って私の身辺も調査されているので、彼にとって私は全くメリットのない、むしろお荷物な存在という認識だと思う。
 しかし、彼がこれから会社を立て直すために私の存在が必要ならば、私は彼の隣に立って、サポートがしたい。
< 38 / 47 >

この作品をシェア

pagetop