隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜
 私は彼の不安を取り除くよう、自己紹介をして事情を説明すると、彼もようやく事態を把握してゆっくり身体を起こそうとする。

「危ない!」
 
 身体のバランスを崩し、再度床へ倒れ込みそうになるのを、すんでのところで私の腕が彼を支えることに成功した。

「まだ動かないでください。倒れた拍子に頭を打ちつけている可能性もありますから……」

 私の声に、救急隊員への連絡が終わった大井さんが駆け寄ってくる。

「あ、気付かれたんですね? よかったです。床は堅いから身体が痛いと思いますが、もうすぐ救急隊員がこちらへやって来ると思いますので、それまでそのままじっとなさっていてくださいね。私は入り口で救急隊員の到着を待ちますので席を外しますので、楠野さん、お客様のことをお願いします」

 大井さんはそう言うと、踵を返して寝室を後にする。
 彼も私と大井さんの言葉に納得したのか、身体から力を抜き、そのまま床に横たわった。
 床に横たわったままだと身体が痛いだろうと、私はベッドの上にある枕を手に取ると、ひとつを彼の頭の下に敷き、もうひとつは腰のあたりに敷いた。
 
「ご迷惑をお掛けしてすみません……」

 彼はそう言って大きく息を吐く。きっとまだしんどいのだろう。

「救急車で病院へ向かうと検査を受けられると思いますが……。今、何かお薬を飲まれていたり、持病があったりとかはありませんか?」

 お節介だと思いながらも、彼に質問した。もし彼に既往症があれば、それを先に救急隊員へ伝えておけば病院での診察もスムーズにいくと思ったからだ。

「いや、大丈夫です。健康そのもの……って、倒れたからそうとは言えないな。既往症や服用している薬はありません」

 彼の言葉にホッとした私は、床に散らばっていた書類のことを告げた。

「先ほどお部屋に入った時、床に書類が散乱しておりまして……」

 私の言葉に、彼の表情が鋭くなる。

「中身は見ておりませんが、大事なものだと思いますので、書類を拾ってそちらに置かれているビジネスバッグの外ポケットに差し込んでおります。後ほど中身をご確認いただけますか?」
 
 私の言葉を最後まで聞いて、彼はようやく表情を緩めた。

「よかった……、ありがとう。助かります」

 その表情を見ていると、仕事でかなり無理をしているんだなということが読み取れた。けれど、それについて私が彼に対して口を挟む立場ではない。

「あの……、朝、この近くをジョギングされていらっしゃいますよね……?」

 私の問いに、彼が驚いた表情を見せた。私の言葉に、これだけ感情を顔に出すことができるなら、メンタル面は大丈夫だろう。
 彼は黙って私の話を聞いている。

「私も、出勤前にこの界隈をウォーキングしているんです。時々、お客様のことをお見掛けしていて。その、派手なレギンスが目立つから……」
 
 最後の言葉を聞いて、彼は目を丸くすると、ぷっと笑った。
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