隣にいる理由〜選ばれるはずのなかった私が、あなたの妻になるまで〜

第二章 恋人の契約

 その後、朝のウォーキングで出会う派手なレギンスを履いた男性――神田食品の神田さんと、しばらく朝の時間で顔を合わせることはなかった。

 きっとお仕事が忙しいんだろうな……

 ホテルのスイートルームで再会した彼は、私がウォーキング、向こうがジョギングですれ違う時に顔をじっくりと見ることがなかったけれど、明らかに不健康そのものの匂いだった。
 病院でしっかりと栄養指導や健康についての指導を受けていればいいんだけど……

 ウォーキング中、なぜか頭に浮かぶのは、神田さんのことばかりだ。

 何でこんなに彼のことが気になるのだろう。
 ここですれ違う程度の顔見知りの人が、ホテルのスイートルームで倒れていたという、意外な場所での再会だったから、インパクトが大きかったせいだろうか。
 案の定、向こうは私のことなんて気にも留めていなかったのだから、一方的に私が彼のことを知っていただけの話だけど、それでもやはり心のどこかで気になってしまっている。

 私は、いつものコースを少し早歩きする。
 すると――

 前方から、見慣れた姿が目に留まった。

 遠目からでもわかる、派手なレギンス。
 軽やかな足取り。
 間違いない、神田さんだ。
 今日の彼は、先日強く感じていた疲労の匂いが弱まっている。あの日ホテルで倒れて病院に運ばれてから、きちんと療養できたようで、ちょっと安心だ。

 彼も私の存在に気付いたようで、ジョギングの速度が段々と落ちて、私の少し前で走るのを止めた。
 そして、お互い視線が合うと、神田さんから挨拶と先日の件について声が掛かった。

「おはようございます。先日はお世話になり、ありがとうございました。ちょうど今日、仕事も落ち着いたのであなたの職場へご挨拶に向かおうと思っていたところだったんです」

「おはようございます。お元気になられたようでよかったです。それからお礼だなんて、私は大したことしておりませんので、お構いなく……」

 私がそう言っても、彼は引かない。

「いや、こういうことはきちんともとを正したいんです。それに、ちょっとお願いしたいこともあるので、よろしかったら近いうちにお時間をいただけないでしょうか?」

 お願いしたいこと、とは、いったい何だろう。
 不思議に思って小首をかしげてみても、思い当たることなど何もない。

「あの、お願いしたいことって……?」

「それは今度お時間をいただける時にお話しします。今週の金曜日、仕事終わりのご都合はいかがですか? ちなみに仕事終わりの時間を伺ってもいいですか?」

「仕事は残業がなければ、18時に終わる予定です」

 私の返事に、神田さんはうなずいた。
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