恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 それを聞いた充輝は一瞬だけ目を見開いたもののすぐに困ったような笑みを浮かべ、

「ごめん。馴れ馴れしかったよね」

 それ以上言葉を重ねることはなかった。

 そして充輝は素直に立ち上がると、

「それじゃあ、お先に」

 いつもと変わらない爽やかな笑顔で会釈をして静かにその場を離れていく。

 遠ざかっていく背中を見送りながら来海は胸の奥に残った言葉に出来ない違和感に視線を落とした。

(言い過ぎた……?)

 けれど、これ以上近づかれるのは怖かった。

 優しさに甘えてしまえば、戻れなくなる。

 そう直感していたから拒絶した。

 それが正解は分からないけれど、これは自分を守る為の選択だったのだと来海は胸の内で何度も繰り返していた。

 一方、休憩室を後にした充輝の歩みは自然と遅くなっていた。

 断られた衝撃よりも拒絶された瞬間に向けられた来海の眼差しが何度も脳裏をよぎる。

 はっきりと線を引くような拒み方をされるのは初めてだった。

 誰にでも優しく、誰とでも適切な距離を保ってきたはずなのに来海の前ではそれが通用しないどころか拒まれた。

 その事実が充輝の胸の奥に重く残っていく。

 それなのに不思議と興味は薄れないどころか、より強く意識してしまっていた。

 どうすれば嫌がられずに近づけるのか。

 どうすれば彼女の隣に立てるのか。

 考えれば考える程に答えは見つからないけれど、一つだけはっきりしたことがあった。

(もう二度と、彼女に拒まれるのは嫌だ)

 だからこそ充輝は決めた。

 これ以上嫌われないよう慎重に距離を保つことを。

 そしていつか、来海の方から歩み寄ってくれる日を期待しながら。
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