恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 仕事が終わると、空はすでに薄暗くなっていた。

 来海は会社から一駅離れた駅前の居酒屋に入り通されて個室の席に着くと、スマートフォンを握りしめていた。

 名刺に書かれた番号を見つめながら何度も深呼吸を繰り返す。

(……話すって言ったのは、自分なのに)

 過去のことを口に出すには躊躇いがあったし、何よりも、キツいことを言って遠ざけていた充輝相手に話すことでは無いような気がしていたから。

 それでも、泰斗の手が伸びてきた瞬間に守るように割って入ってくれた充輝に来海は深く感謝をしているし、助けてくれた充輝が泰斗とのことを知りたいと思うことは当然だろうと感じていた。

 そんな葛藤の中でようやく覚悟を決めた来海は充輝に電話をかけると、店名と卓番号を伝えて彼が来るのを待った。

 それから程なくして扉がノックされ店員と共に充輝が顔を覗かせて来た。

「お待たせ」

 その一言に、張り詰めていた緊張が少しだけほぐれていった来海は、「来てくれてありがとう」と微笑んだ。

 席に着いた充輝は、「注文はタブレットからお願いします」という店員相手に笑顔で対応した後で、ひとまず飲み物を注文してそれが届けられると来海の方へ視線を向け直し、

「昼間のこと、聞かせてくれる?」

 本題を話すよう求めると来海は頷き、ゆっくりと言葉を選びながら昼休みに起こった一部始終を語り始めた。

 泰斗との関係や過去にあった出来事、泰斗に声を掛けられた瞬間に感じた嫌悪感に、充輝が駆けつけてくれた時、どれほど救われたのかということを。

 来海の話を充輝は途中で遮ることなく、ただ静かに耳を傾けていた。

 そして、ひと通り来海が話終えると沈黙が落ち、それを破ったのは充輝だった。
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