恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 翌日から、二人の距離が縮まったことは誰の目にも明らかだったけれど、それに比例するようにこれまであった来海への悪意は更に露骨な形で向けられていく。

 昼休み、給湯室でマグカップに湯を注いでいた来海は背後に立ち込める気配に気付いてゆっくりと振り返ると、そこにはいつの間にか彼女を取り囲むシステム課の女性社員たちの姿があった。

「ねえ、羽柴くんとどういう関係?」
「噂があるの、知ってるよね?」
「自分が釣り合うと思ってるの?」
「地味なくせに、男に媚び売らないでよ」

 言葉は刃物のように一方的に突きつけられ、突然の状況に一瞬息を呑んだ来海だが、怯むことなく背筋を伸ばした。

「羽柴くんとは同僚というだけで、媚びを売っているつもりもありません」

 そんな毅然とした返答は逆効果だった。

 女性社員たちは顔を見合わせると更に距離を詰める。

「そうは見えないんだよ」
「期待させるようなことしてるんじゃないの?」

 空気が張り詰めた、その瞬間――給湯室の入口に立つ人影に全員の視線が集まった。

 そこにいたのは充輝だった。

 状況を一目で理解した充輝は迷いなく来海の隣に立つと女性社員たちを真正面から見据える。

「誤解があるみたいだから言うけど、彼女じゃなくて、俺の方が言い寄ってるんだ」

 低く落ち着いた声がそこに響く。

「だから、これ以上彼女を攻撃するなら相手が誰でも、俺は許さない」

 怒鳴ることも威圧することもないけれど、その言葉には揺るがない覚悟があった。

 沈黙の後、誰かが舌打ちし、誰かが小さく「……ごめんなさい」と呟くと、女性社員たちは逃げるように給湯室を後にした。

 静けさが戻ると充輝はふっと息を吐いた。

「……ごめん。俺のせいで」

 来海は一瞬目を瞬かせ、それから穏やかに微笑む。

「ううん、羽柴くんのせいじゃないから。助けてくれて、ありがとう」

 こうして充輝本人がはっきり言葉にしたことでこの出来事はすぐに社内に知れ渡り、これ以降来海を責める噂は嘘だったかのように消えていったのだった。
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