恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 そんな充輝が本社に戻ってきてから約二週間。

 その噂はさらに勢いを増し、今度は“実体験”として語られるようになった。

 笑顔で名前を覚えてくれた、メイクや髪型を褒められた、ランチに誘ったら一緒に行ってくれた――そんな些細な出来事が社内の至る所で、まるで特別な意味を持つかのように語られる。

 実際、充輝は誰に対しても距離が近かった。

 視線を合わせて微笑み、さりげなく相手の変化に気づき褒めることを躊躇しない。

 それが無意識なのか計算なのかは分からないが、女性社員たちが彼のその言動を “自分だけが特別” と勘違いするには十分過ぎる態度だった。

 昼休み、総務課の一角で弁当を広げた同僚たちは、今日も例に漏れず彼の話題に花を咲かせていた。

「羽柴くんって本当イケメンだよねぇ。あの笑顔、反則」
「けどさぁ、昨日も別の部署の女の人と一緒に帰ってたらしいよ」
「え、誰? それって彼女じゃないの?」
「どうだろう。この前も女の人と一緒だったって話聞いたけど、一緒に居る相手は毎回違うって噂だし……」

 囁くような声の裏に、期待と嫉妬が入り混じっている。

 一方、来海は卵焼きを口に運びながら、ただ静かに聞き流していた。

 彼女はその話題に全く興味が無いようで、会話に入ることも相槌を打つこともない。

 そんな様子に気づいた同僚で黒髪ボブヘアの山口(やまぐち) 奈緒子(なおこ)と、明るめの茶髪を緩く巻いたロングヘアの市橋(いちはし) 美幸(みゆき)が不思議そうに来海の顔を覗き込む。

「ねぇ来海、何でそんなに冷めてるの?」
「そうそう。来海ってこの話題に全然乗ってこないよね。少しは興味とか湧かないの?」

 そんな二人の疑問に、箸を置いた来海は淡々と答えた。
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