恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 来海の席を見つけた充輝は周囲の空気など気にする様子もなく自然な足取りで近づいてくる。

「これ、君が作成したものだよね?」

 そう言って来海の前に差し出されたのは、数枚がホチキスで留められた書類の束。

「うちの課の書類に紛れ込んでたみたいでさ、作成者の名前があったから、届けに来たんだ」

 来海が差し出された書類に視線を落とすと、
 それは探していた書類の一部だった。

「……あ」
「必要かは分からないけど、要らなかったかな?」

 焦げ茶色でマッシュベースの無造作ショートヘアスタイルに整った顔立ち、体格は細身だけど男らしい体つきで背も高く、高級感のある紺色のスーツに身を包んでいる充輝の少し垂れ目がちな黒い瞳が優しさを強調させている。

 そんな彼が軽く首を傾げながらも柔らかな笑みを浮かべる仕草は実に自然で、誰に対しても同じように接しているのだろうと分かるものだった。

「すみません。わざわざありがとうございます、ちょうど探していたものだったので、助かりました」
「そっか! それなら良かったよ。ちょうど総務課に用事もあったからそのついでだし、気にしないでね」

 そこで充輝は思い出したように別の書類を差し出す。

「それと、田城(たしろ)課長に渡したい資料があったんだけど今席にいないみたいだから、お願いしてもいいかな?」
「はい、分かりました。お預かりします」

 来海が資料を受け取って丁寧に頷くと、充輝はどこか安心したように息をついた。

「助かるよ、ありがとう。それじゃあよろしくね」

 そう言って軽く手を振り、充輝はその場を後にする。

 去っていく彼の背中を周囲の女性社員たちは一斉にうっとりとした視線で見送っていた。

 しかし当の来海はというと必要なやり取りを終えただけという表情で、特別な感情を表に出すこともせずに、まるで何事も無かったかのように絢香の元へ行くと今しがた充輝から受け取った書類を提出した。

 その様子を立ち去る直前の充輝が見ていたのだが、その光景は彼の目にもの凄く新鮮に映っていた。
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