恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
 それから数日後の昼休みを少し過ぎた頃、来海が資料室でファイルの背を揃えながら古くなった資料の片付けをしていると、ドアを隔てた向こう側の廊下から楽しげな女性たちの声が聞こえてくる。

 意識しないようにしていても、その内容は否応なく耳に入ってきた。

「羽柴くんって、ほんと優しいよね」
「うんうん、昨日もさ、私の資料作るの見てくれて……」

 来海の手が、ほんの一瞬止まる。

 聞こえて来たのは充輝の話題で声の主は彼と同じシステム課の女性社員らしく、どうやら仕事を手伝ってもらったという話らしい。

 感謝と好意が入り混じった声音に、来海は何とも言えない居心地の悪さを覚えながらも黙って作業を続けていく。

(……たかが資料作りを手伝って貰っただけで、何がそんなに嬉しいの?)

 そして、整理を終えて資料室を出た帰り道にシステム課の前を通りかかった時だった。

「羽柴くん、これで大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、ここを少し直せばもっと見やすくなるかなと思う」
「ありがとう! ごめんね、お昼休みなのに時間取っちゃって……」
「良いって、気にしないでよ」

 女性社員の隣に自然な距離で立ってパソコンのモニターを覗き込みながら助言をする充輝の姿が目に入る。

 その様子を見ていた別の女性が、くすくす笑いながら冗談めかして言った。

「羽柴くん、ほんと優しいよね。女心わかってるって感じ」
「そうそう。絶対モテるでしょ。海外でも常にモテてたんじゃない?」

 否定も肯定もせず、ただ軽く笑う充輝。

「どうかな」

 その曖昧な返しがかえって余裕を感じさせる気がして、そこがモテる要因なのだろうと来海は思う。

 処分する資料が入った段ボールを抱えたまま、その光景を遠巻きに見つめた来海は小さく息を吐いた。
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