恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
(……ああいうところが軽さの要因なんだろうけど、あれもやっぱりモテる為の策略……とか?)

 誰に対しても平等で、特別扱いをしない。

 それは理屈では好感の持てる振る舞いのはずなのに、そこに「一人」を選ぶ気配が見えないことが女性と向き合っていないように見えて軽薄さが浮き彫りになっている感じがした。

 そんな来海が通り過ぎようとした、その時、

「向坂さん」

 名前を呼ばれた来海は思わず肩を揺らす。

 振り返ると、充輝が小走りで近づいて来ていた。

 その瞬間、周囲の視線が一斉に自分に集まるのを来海は肌で感じた来海は今すぐにでもこの場から立ち去りたい思いでいっぱいになった。

「この前は、田城課長に資料渡してくれてありがとう」

 でも、呼び止められた理由は、ただそれだけだった。

 拍子抜けするほど簡単な用件に来海は一瞬言葉を失い、それから慌てて頭を下げた。

「いえ、こちらこそ。先日は書類を届けてくださって、ありがとうございました」

 それだけ言うと充輝は微笑みながら軽く会釈して、まるで何事もなかったようにシステム課へ戻っていく。

(わざわざ、そんなことで)

 律儀なのか何なのか、来海の胸に言葉に出来ない違和感が静かに残っていく。

 そして、これ以降偶然なのか二人が顔を合わせる機会は明らかに増えていった。

 ある時は出社時、またある時は廊下で、初めこそ回数が増えたと思っていた来海だが、偶然にしては明らかに顔を合わせる機会が多過ぎると感じるようになり、タイミングを合わせているのではと疑いの心が生まれていく。

 来海がそう感じ始めた頃、充輝は総務課に用事で出向いて来ると、迷うこと無く来海を名指ししてきたのだ。
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