境界線の独白
第2章:共犯の密室

「お金、ないんです」

ある日の撮影帰り、彼女がぽつりと零した言葉は、僕の中にあった年長者としての義務感を刺激した。
彼女には新聞配達をしながら学校に通う彼氏がいたが、その彼との生活も彼女の孤独や困窮を救うには至っていないようだった。
僕は経営者としての顔で、一つの「解決策」を提示した。

「大人の玩具を使った配信をして、集客してみないか。稼げると思う」

それは冗談半分であり、彼女の純粋さを試すような意地悪い好奇心でもあった。だが、彼女は驚くほどあっさりと頷いた。

「……稼げるなら、やります」

それから、僕たちの戦場はネットカフェのVIPルームへと移った。
重い防音扉の向こう側、わずか数畳の閉鎖空間。
モニターの光だけが二人を照らし、ヘッドセット越しに互いの吐息が混じり合う。画面の向こう側にいる顔も見えない群衆に向けて、彼女は声を上げ、僕はその演出を管理する。それは性的でありながら、どこか無機質な「作業」のようでもあった。

「自分は安全圏にいる」 その時の僕は、まだ本気でそう信じていた。
妻を愛している自分、仕事を持つ大人である自分。その自信が、逆に僕の警戒心を麻痺させていた。
配信が終わるたびに、僕は彼女に諭吉を差し出した。それは罪悪感の免罪符であり、彼女を「消費」することへの正当な対価だと思い込もうとしていた。

けれど、配信が終わった後の、ふとした静寂。 ヘッドセットを外した彼女が、少し上目遣いで僕を見る。

「ありがとうございました。」

そのあどけない声は、イヤホン越しに聞いていたものよりずっと鮮明に、僕の理性を揺さぶった。

気づけば、ホテルへ向かう車を走らせていた。30代半ばの中肉中背の男と12歳下の学生。「かっこいい大人」でいる必要なんて、もうなかった。
僕はただ、目の前にある若い熱量に、自らの欲望と、少しずつの絶望を重ね合わせた。

初めて彼女を抱いた夜。 シーツの冷たさの中で、彼女の事を愛おしく感じた。ただ、それは愛だの守りたいだのといった高尚な感情ではない。 ただの性欲。ただの共犯関係。そう自分に言い聞かせながら、僕は彼女の肌に刻まれる「汚れ」と、自分の中に芽生えた「執着」から目を逸らしていた。
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