境界線の独白
第3章:錦糸町への片道切符
身体を重ねる回数が増えるにつれ、僕たちの関係からは「事務的な共犯」という言い訳が剥がれ落ちていった。
彼女は、驚くほど僕の時間を侵食し始めた。
「24時過ぎたけど、ドン・キホーテに行きたい」
「江の島の夜の海が見たい」
深夜、寝ている時に鳴るメッセージの通知音。彼女からの突拍子もない誘いに僕は抗うことができなかった。既婚者であり、次期後継者として責任ある立場にいるはずの僕が二十歳そこそこの彼女のわがまま一つで、深夜の国道へ車を走らせる。
「メンヘラ」という言葉で片付けるには、彼女の抱える孤独はあまりに深かった。 自傷するように夜を歩く彼女を、僕はただ、広い背中で受け止めているつもりだった。
けれど、現実は残酷だ。
散々夜の街を連れ回し、ホテルで愛し合った後、彼女が向かう先は僕の隣ではなかった。
「彼が待ってるから、送って」
目的地は、錦糸町。そこには、彼女が一方的に依存している同年代の彼氏が住んでいた。助手席に彼女を乗せ、夜明け前の首都高速を走る。バックミラーに映る自分の顔は、寝不足でひどく疲れ果てていた。 自分の手で、愛しているはずの女を、別の男の部屋へ送り届ける。この滑稽で、歪な儀式を繰り返すうちに、僕のプライドは砂のように崩れていった。
「大丈夫なの? 二人で会って」
僕の問いに、彼女は「あまりよくない」と短く答える。そのくせ、ホテルの中にいる時ですら、彼からの着信があれば彼女は弾かれたように僕から離れ、気配を殺して受話器を耳に当てるのだ。 全裸でシーツを纏い、彼女が「女」から「彼の所有物」に戻る瞬間を、僕はただ、壁の染みを眺めながら待っていた。
会社へ行けば、会合があると言い訳をして外出し、車のシートで泥のように眠った。 大好きだった妻との会話も、どこか上の空になっていく。 彼女の影響で患った性病という名の刻印が、僕に「もうあちら側の清潔な世界には戻れない」と囁いていた。
僕はただ、彼女に生きていてほしかった。 たとえ、彼女を送り届ける先が僕の家ではなく、別の男の腕の中であったとしても。
身体を重ねる回数が増えるにつれ、僕たちの関係からは「事務的な共犯」という言い訳が剥がれ落ちていった。
彼女は、驚くほど僕の時間を侵食し始めた。
「24時過ぎたけど、ドン・キホーテに行きたい」
「江の島の夜の海が見たい」
深夜、寝ている時に鳴るメッセージの通知音。彼女からの突拍子もない誘いに僕は抗うことができなかった。既婚者であり、次期後継者として責任ある立場にいるはずの僕が二十歳そこそこの彼女のわがまま一つで、深夜の国道へ車を走らせる。
「メンヘラ」という言葉で片付けるには、彼女の抱える孤独はあまりに深かった。 自傷するように夜を歩く彼女を、僕はただ、広い背中で受け止めているつもりだった。
けれど、現実は残酷だ。
散々夜の街を連れ回し、ホテルで愛し合った後、彼女が向かう先は僕の隣ではなかった。
「彼が待ってるから、送って」
目的地は、錦糸町。そこには、彼女が一方的に依存している同年代の彼氏が住んでいた。助手席に彼女を乗せ、夜明け前の首都高速を走る。バックミラーに映る自分の顔は、寝不足でひどく疲れ果てていた。 自分の手で、愛しているはずの女を、別の男の部屋へ送り届ける。この滑稽で、歪な儀式を繰り返すうちに、僕のプライドは砂のように崩れていった。
「大丈夫なの? 二人で会って」
僕の問いに、彼女は「あまりよくない」と短く答える。そのくせ、ホテルの中にいる時ですら、彼からの着信があれば彼女は弾かれたように僕から離れ、気配を殺して受話器を耳に当てるのだ。 全裸でシーツを纏い、彼女が「女」から「彼の所有物」に戻る瞬間を、僕はただ、壁の染みを眺めながら待っていた。
会社へ行けば、会合があると言い訳をして外出し、車のシートで泥のように眠った。 大好きだった妻との会話も、どこか上の空になっていく。 彼女の影響で患った性病という名の刻印が、僕に「もうあちら側の清潔な世界には戻れない」と囁いていた。
僕はただ、彼女に生きていてほしかった。 たとえ、彼女を送り届ける先が僕の家ではなく、別の男の腕の中であったとしても。