旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜

 部下が敬礼し、足早に甲板を離れていく。

 やがて兵士に伴われて現れたのは、小太りで金の指輪をいくつもはめた成金男だった。
 顔は青ざめ、額には脂汗が滲んでいる。
 男はレイモンドを見るなり「ヒッ」と小さく悲鳴をあげて、必死に弁明しはじめた。

「お、お許しくださいませ! 私は何も知らなかったのです! ただ運べと言われたから運んだだけで……よもや積み荷にこのようなものが紛れ込んでいようとは!」

 レイモンドは一歩前に進み出て、威圧感たっぷりに見下ろす。

「つまりお前は、中身を知らずに運んだだけだと言うのだな? 出航前に荷を(あらた)めるのは商売人の基本だが、それについてはどう説明する?」
「そ、それは……何せ急いでおりましたもので……」

 しどろもどろに答える男を尻目に、レイモンドは部下から帳簿を受け取り、依頼主の名を指でなぞった。

「この荷の持ち主は“アルマ商会”か。帝国にも王国にも、このような名の商会は存在しない。商売人のお前が、それを知らなかったとは思えないが」

 男は震える声で弁明を続ける。

「い、いや……確かに聞いたことのない名でしたが、そのような依頼は珍しくありませんし……破格の報酬でしたので、つい……」

 おそらく嘘ではないのだろう。報酬に目が眩み、いいように使われる間抜けな人間はどんなところにもいる。
 レイモンドは短く息を吐き、煩わしげに吐き捨てた。

「もういい。詳しい事情は軍部で聞く。――連れて行け」
「はッ!」

 男は兵士に両脇を抱えられ、情けない声を上げながら甲板から連れ出されていった。
 レイモンドはその背を冷ややかに見送り、苛立たしげに視線を積み荷へと戻す。

(小物が。余計な手間をかけさせやがって……)

 密輸船が摘発されることは特段珍しいことではない。
 取り扱いを禁止されている武器以外でも、希少性の高い金属や宝石、生物や特定の植物など、許可なく持ち込むことのできないものは山ほどある。

 つまり、今日のようなことはレイモンドにとって日常業務の一環にすぎないのだが、問題は事務処理がやたらと煩雑で、報告書や押収品の管理に膨大な手間がかかることだった。

(この量の押収品……明後日までに軍港(ヴァルセリア)に着けるといいが。慣れない土地でソフィアをひとりにするわけにはいかないからな。――それに……)
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