旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜

 確かにイシュがいれば心強い。店の経営について、頼りにするつもりでなかったと言えば嘘になる。
 けれどイシュでなければ駄目ということはないし、「サーラ・レーヴ」には既存顧客もいる。資金も潤沢で、多少のことでは店は潰れない。

 ソフィアはそう主張する。
 だがイシュは苦しそうに顔を歪め、小さく首を振った。

「確かに、店については君の言うとおりだろう。でも駄目なんだ、フィア」
「駄目って、何が――」

 慎重に尋ねると、イシュは数秒沈黙し、静かにこう言った。

「帝国なんだよ。君の兄、フェリクス・ハリントン卿の次の赴任先が」
「…………え?」
「僕も悩んだんだ。一月前、君の兄が帝国に来るって知って、どうするべきか。君は知っているのだろうかと、随分考えた。もう六年も前のことだし、君は忘れているかもしれない。気にしていないかもしれない。それなら、僕がいなくても大丈夫だろうって。……でも、あまりにプライベートなことだから、手紙で聞くのは(はばか)られた。だから、直接顔を見て伝えようと」
「……っ」

 イシュの顔が、罪悪感に歪む。

「ごめんね、フィア。僕、ハリントン卿が舞踏会に出席することを知っていたんだ。でも、君に言わなかった。君は彼の家族だから、ハリントン卿が出席することを知らないはずはないと思ったんだ。その上で、君は気にしていないのかと思っていた。――でも、違った。舞踏会の夜、君の反応を見て思い知ったよ。……君の傷は癒えていない。そんな君を、ひとりで帝国にはやれないって」
「……イシュ」

 思い詰めた顔で俯いて、イシュは瞼を固く閉じる。

「だけど、この国に残しておきたくもない。イシュラは遠い。陸路と海路を合わせて一ヵ月の道のりだ。鷹便もそうそう飛ばせない。手紙のやり取りだけでも一苦労だ。だから、僕は考えた」
「……考えたって、何を?」

 イシュは何を伝えようとしているのか――わからないまま尋ねると、イシュは深く息を吐きだして、ゆっくりと顔を上げた。

「僕と一緒に行かないか? イシュラに、着いてきてほしい」

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