旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
昼間、帰りの馬車の中で、アリスは言ってくれた。
「奥様がどこに行こうと、お供します」と。
舞踏会で兄と会ったことを隠していたことを咎めもせず、気にする素振りすら見せず、ただ「どこまでも着いていく」と。
その言葉に、どれだけ勇気づけられただろう。けれど同時に、それが辛くもあった。
(……アリスは帝国語は話せても、東大陸の言葉はわからない。異国に連れていくのは、あまりに酷じゃないかしら)
自分は大丈夫。イシュから東大陸の言葉を習い、言葉も文化もある程度は理解している。
けれどアリスは違う。言葉の通じない土地で彼女を苦労させることになるのは目に見えていた。
――答えは出ない。
それに、一番の問題は――。
ソフィアは振り返り、部屋の中へ視線を移した。
そこはもともと、三年で離縁する契約結婚のために整えられた、飾り気のない部屋だった。家具こそ一級品だが、華美な調度品は一つもない、無機質な部屋。
けれど今は違う。机の上も、棚の上も、壁際の小卓も、レイモンドからの贈り物で埋め尽くされている。
この三年間「良き夫婦」に見せるために贈られてきた品々。
そしてひと月前、「君が好きだ」と告げられてから、毎日のように贈られるようになった花や小箱や装飾品が、部屋を覆い尽くしていた。
その部屋を眺めていると、理由もなく胸が苦しくなる。
(一週間で決めなきゃいけないなんて……。契約はまだ一ヵ月残っているのよ。途中で投げ出すなんて、あまりに不誠実だわ。……それに……こんな話をしたら、きっと旦那様は……)
契約期間は残り一ヵ月。それが一週間に縮まるだけだ。
離縁することには変わりない。それなのに、どうしてこんなに心がざわつくのだろう。
胸の奥に重く沈む感情を振り払うように、ソフィアは再び夜空を仰いだ。