旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
「……おい、レイモンド」
不意に声をかけられ、顔を上げると、目の前にエミリオが立っていた。
「! お前……いつの間に」
「言っとくけど、ちゃんとノックはしたからな?」
呆れ顔で溜め息をつきながら、エミリオは書類の束を差し出してくる。
「ほら。押収品の最終チェック、終わったぞ。ついでに情報部に出す調査依頼書も作っておいた。後はお前がサインするだけだ」
「……何? 依頼書を?」
書類を受け取りパラパラと中をめくると、几帳面な字が並んでいた。見慣れないが、筆跡は間違いなくエミリオのものだ。内容も問題ない。
「まさか……本当にお前が作ったのか? この書類を?」
「見りゃわかるだろ。俺だってこれぐらいできるんだよ。普段はやらないだけで」
「…………」
それはつまり、これまでは手を抜いていたという意味だろうか?
レイモンドが目を細めると、エミリオはすかさず言葉を継ぐ。
「そんなことより、さっさと夫人のところに行けよ。押収品の移送は俺がやっとくから。今から出れば、日が落ちる前には着けるだろ」
「……は? いや、だが、まだ報告書の清書が……それに目を通していない調書も」
「いいから行けって。調書のチェックは副官の俺でもできる。報告書の清書もだ。お前、何のために俺がわざわざこんな面倒な役を買ってでたと思ってるんだよ」
「!」
「それにな、お前、ただでさえ顔が恐いのに、今日は輪をかけて恐いんだよ。皆が委縮してるの、気づいてないのか? あいつらの作業がいつもより遅いのは、お前の眉間の皺のせいだ」
「……っ」
容赦ない指摘に、レイモンドは押し黙る。
確かにその通りかもしれない。普段は手際の良い兵士たちが、昨日今日と妙に動きが鈍かったのは、自分の苛立ちが原因だったのだ。
レイモンドは申し訳なさを覚えつつ、調査依頼書にサインを入れ、立ち上がる。
「悪い」
「いいって。今度酒でも奢ってくれよな」
「ああ」
(ソフィア……すぐに行く)
レイモンドは軍馬に跨がり、ヴェルセリアへ向けて駆け出した。
潮風が頬を打ち、胸の鼓動が早まっていく。
ソフィアは来ているだろうか。――どんな話をされるだろうか。もしかしたら、今夜で終わりだと……イシュと共に行くと、そう告げられるかもしれない。
それでも。
やがて軍港に辿り着き、海辺に佇む屋敷に灯る明かりを目にする頃には、レイモンドの心は期待と恐怖で、今にも張り裂けそうだった。