旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
君は、あの男を愛しているのか?
軍港の沖に停泊する艦影が、夕闇に溶けていく。
初夏の潮風に頬を打たれながら、馬上のレイモンドは視線を前へと注いだ。海沿いの丘の上に、小さな屋敷がひっそりと佇んでいる。
本来、軍人は官舎に住むのが常だ。だが大尉以上の将校や既婚者には外部住居が許されており、レイモンドもその例に倣っていた。軍港ヴェルセリアにはウィンダム家の別邸があるものの、そこは海軍大佐である父が愛人を囲って暮らす場所。息子として足を踏み入れる気には到底なれない。
ゆえに彼は、街外れの丘に建つこの屋敷を友人から借り受け、任地での仮住まいとしていた。
二階の窓に、柔らかな灯りがともっているのが目に入る。かつて客室だった部屋だ。
(……ソフィアだ)
確信が胸を打つ。
使用人には、あの部屋をソフィアの寝室に整えるよう、前もって指示を与えていた。つまり、灯りの主は彼女以外に考えられない。
胸の奥で何かが弾け、気持ちが早まる。レイモンドは馬を門前に乗りつけ、近くの使用人に手綱を押しつけた。
「――だ、旦那様……!? お帰りなさいませ!」
「挨拶はいい。馬を預かれ」
言い捨てるや否や、返事を待たずに玄関へ駆け込む。
数ヵ月ぶりの主人の帰宅に、玄関ホールにいた使用人たちが慌てて頭を下げた。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
だがレイモンドはそれに答えず、一言だけ投げる。
「ソフィアは部屋だな?」
「――は? はい、お言い付けどおり客室を――」
最後まで聞かず、階段を駆け上がり、廊下を一気に抜け、客室だった部屋の扉を押し開ける。
するとそこには、窓際の小さなテーブルに腰掛け、薄明かりの中で静かに佇むソフィアの姿があった。
窓の外では沈みきった夕陽の残光が海面を朱に染め、波のきらめきが壁に揺れて映っている。その光に照らされた横顔は、儚げでありながら、目を逸らせぬほど鮮烈に美しかった。