旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
一週間前、孤児院の子どもたちを招いた広場での公開演劇。
あのとき、ソフィアの名義でヴァーレン商会に大量の子供向けの贈り物を注文した。さらに複数の業者にも同様の手配を頼んだため、この一週間は礼を述べに来る業者が後を絶たなかった。
つまり、ヴァーレン商会が訪ねてくること自体は何ら不自然ではない。
それでも、今はその名前を聞くだけで、どうしようもない不快感に襲われた。
けれどレイモンドはそれ以上表情に出すことなく、冷静に尋ねる。
「来たのはカリーム氏か? それとも、タリクの方か?」
カリームとはこの国のヴァーレン商会の代表だ。四十を超えた恰幅のいい東方人。タリクはその息子で、歳は二十代半ば。どちらも髪は黒に近い色をしている。
が、侍従はすぐに「どちらでもありません」と否定する。
「どちらでもない? なら誰が」
「帝国支部代表の、イシュ・ヴァーレン卿でございます」
その肩書きが告げられた瞬間、レイモンドの眉間に今度こそくっきりとした皺が寄った。
「帝国支部だと?」
(何故、帝国の代表がわざわざソフィアに会いに来る? 本当に、単なる礼状か?)
普通なら、この国の支部代表が来るはずだ。それなのに、やって来たのは帝国支部の代表。
しかも、エミリオの情報によれば『サーラ・レーヴ』は帝国発の服飾ブランドということだった。つまり、『サーラ・レーヴ』と直接やり取りができるのは、帝国支部の人間――イシュこそがその代表であるという訳で。
「……イシュという男以外には、誰がいた」
「誰も。イシュ・ヴァーレン卿お一人でした」
「歳はどれくらいだ?」
「二十台半ばほどであったかと」
「その男とソフィアとの面会には、誰が立ち会った? 滞在時間は」
「立ち合いは侍女のアリスだけでございます。奥様が、アリス以外は持ち場に戻ってよいと仰いましたので。滞在時間は十五分ほどであったかと」
レイモンドは何度か質問を重ねた上、短く「そうか」と返す。
「わかった。俺は部屋に戻る。執事を寄こせ」
「かしこまりました」
レイモンドは胸の奥に違和感を残しつつ、侍従と別れ、ひとり自室へと向かった。