旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
部屋に戻ると、レイモンドは灯りも点けずに、軍服の上着をベッドの上に投げ捨てた。
暗がりの中窓辺に立ち、カーテンの向こう――夜の帳に溶けた街並みを、睨むように見据える。
「……イシュ・ヴァーレン、か」
(もし、その男がソフィアの相手だったなら……。いや、流石に飛躍しすぎだな)
普通に考えれば、帝国支部から仕事でやってきた代表が大口客の挨拶回りに訪れた、と考えるのが妥当。
『サーラ・レーヴ』のブランドについても、ソフィアが最初に広めたから何だと言うのだ。それ自体に、特別な意味があるわけでもないだろうに。
「……ハッ!」
(どうやら俺は、自分で思っている以上に、この状況に焦っているらしい)
そんなことを思いながら、窓ガラスに映る自身の姿を見つめる。
目の前の自分の、自嘲気味に歪む顔があまりにも滑稽で、乾いた笑いが漏れ出てきそうだ。
――そんなとき、ノックの音がして、執事が部屋に入ってくる。
「お呼びでしょうか、旦那様」
恭しく礼を取る執事に、レイモンドは振り返ることなく言った。
「ヴァーレン商会について調べろ。特に帝国支部と、その代表イシュ・ヴァーレンの素性について」
執事の眉がわずかに動く。
しかし質問はせず、「いつまでにお調べいたしましょう」と尋ねる。
「四日後の王宮舞踏会までに頼む。それともう一つ。『サーラ・レーヴ』という帝国の服飾ブランドについて、経営者、出資者、国内での評判……可能な限り全て調べてくれ。こちらは急ぎではない」
本当は、ソフィアとの関係の調査も指示したいところだった。
けれど、そこまでしては流石に後戻りができないと踏みとどまり、レイモンドは言葉を呑み込む。
「以上だ。よろしく頼む」
「承知いたしました」
主人の命を受け、執事は深く一礼し、部屋を後にする。
静寂が戻った。
レイモンドは暗闇に包まれた部屋でひとり、窓の外、夜霧の向こうにぼんやりと浮かぶ月を、ただ黙って見上げていた。