旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
第5章 望まぬ再会
今夜が社交界での、わたしの最後の顔出し
五月半ばの夕暮れ時。
ウィンダム侯爵家の屋敷の一室で、ソフィアは王宮舞踏会へ向けた支度を進めていた。
窓の外は、沈みゆく陽が街並みを黄金色に染めている。
鏡台の前に座るソフィアの背後では、アリスが丁寧に髪を巻き上げ、仕上げの整髪料をそっと馴染ませていた。
「もしかして、緊張されてます?」
不意にアリスが尋ねると、ソフィアは鏡の奥のアリスに向かって、小さく微笑む。
「そうね。情けないけど、少し緊張しているわ」
すると、アリスは心配そうに眉を寄せた。
「王宮舞踏会ですし、仕方がありませんよ。ご実家の家族とも顔を合わせるわけですから。でも、今日が終われば……」
「ええ。今夜が社交界での、わたしの最後の顔出し。そう考えると、多少は気分もマシになるというものね」
今夜の舞踏会は、社交シーズンの締めくくりを示す王家主催の重要行事だ。
招待客は子爵家以上の貴族と政府高官や将校たち、そして他国からの賓客。
さらに、国王や王妃が「相応しい」と認めた者だけが招待状を受け取ることができる。
レイモンドは軍人としてではなく、ウィンダム侯爵家の当主として参加義務があり、当然その妻であるソフィアにも同じ義務があった。
つまり、いつもの気楽な夜会とは訳が違う。とはいえ、ソフィアには幼少期から身に着けた礼儀作法がある。意識せずともマナーは完璧。
にもかかわらず、ソフィアが緊張する理由があった。――実家の母親だ。
(お母様の前では絶対に気を抜けないわ。ただでさえ、わたしたち夫婦に子どもができないことを気に病んでおられるから)
レイモンドと結婚して約三年。
普通なら、一人か二人、子を産んでいるものだ。だが白い結婚である夫婦の間に、子どもが生まれるはずもなく。
母と顔を合わせれば、間違いなくその話をされるだろう。
そう考えると、ソフィアは酷く憂鬱な気持ちになった。