旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
(イシュの心配は杞憂だったわね。……なのに、どうしてこんなに胸がざわつくのかしら)
ソフィアは、鏡の中の自身の姿をじっと見つめる。
するとそのとき。不意に、扉を叩く音がした。
僅かに遅れて、低く落ち着いた声が扉の向こうから響く。
「ソフィア、準備はできたか?」
ソフィアはアリスに扉を開けるように伝え、椅子から立ち上がった。ドレスの裾が床を撫で、スズランの香水の香りが、ふわりと広がる。
アリスが扉を開けると、燕尾服に身を包んだレイモンドが立っていた。
深い漆黒の生地に、白いシャツと蝶ネクタイがよく映える。
ソフィアが出迎えると、レイモンドの視線がソフィアの耳元に留まり、ほんの一瞬、時が止まったように動きを止めた。
わずかに目を見開き、そして、ゆっくりと口元が緩んだ。
「……付けてくれたのか、耳飾り」
その笑顔と優しい声に、ソフィアの胸の奥で、何かが小さく波打つ。
廊下には侍従もいるのに、一瞬、演技を忘れそうになった。
「もちろんですわ。旦那様からの贈り物ですもの」
レイモンドは一層笑みを深め、低く囁く。
「その言葉を聞けるだけで、贈った甲斐があったというものだ。……よく似合っている、ソフィア」
レイモンドはソフィアの右手を取り、手袋越しにそっと唇を落とした。
その優雅な所作と、上目遣いの射るような視線に、心臓が小さく跳ねる。
(どうして? 離縁はもうすぐなのに。いくらわたしのことが好きだからって、ここまでする必要はないんじゃないかしら)