旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
ファーストダンスは何事もなく踊り終えた。
途中、侯爵家の次に踊る――伯爵夫人である――母と目が合ったような気がして動揺したが、ステップは問題なかったはずだ。
そんなことを思いながらダンスを終え、拍手の中レイモンドと共に会場の端に移動していると、不意に横から問われる。
「さっき、何に気を取られていた?」
「え?」
顔を上げると、レイモンドが不可解そうに見下ろしていた。
「ステップに違和感があった。この三年間、一度もなかったことだ。何か心配事があるのか? やはり、ここ数日君の様子がいつもと違う様に見えたのは――」
――"気のせいではなかったのでは"。
そう言いかけるレイモンドを、ソフィアは笑顔で遮る。
「そのようなことございませんわ。けれど、もし旦那様がそのように思われたのだとしたら、理由は一つしかありません。ひと月後に迫った、約束のせいでございましょう」
「――っ」
これは紛れもない事実だった。
ソフィアが今最も懸念していること――それは、『無事に離縁を済ませ、帝国に渡る』こと。
それに比べれば、母親から言われるであろう小言や、イシュが予想外に現れたことなどは、些細なことに過ぎない。
ソフィアが視線を逸らすと、レイモンドは何か言いかけたが、そのとき、軍服姿の男が近づいてきた。
肩の腕章から少尉であることがわかる。レイモンドの部下か何かだろう。
「ウィンダム大尉、少し宜しいですか」
彼はそう言って、レイモンドに耳打ちする。
するとレイモンドは小さく頷いて、「すぐに行く」と答えた。
「すまない、ソフィア。少し外す」
酷く申し訳なさげなレイモンドに、ソフィアは少し同情した。
(こんなときまでお仕事だなんて、軍人って本当に大変ね)
「いってらっしゃいませ。わたくしはここでお待ちしております」
「ああ、すぐ戻る」
ソフィアは微笑み、レイモンドを送り出した。
レイモンドの背が人混みに消えると、ソフィアはそっと会場を見回す。
――母はどこにいるだろうか、と。
そして、見つけてしまった。
ファーストダンスを終えた母は、貴族夫人数人と談笑している。
次の瞬間、視線がこちらに向きそうになり、ソフィアは反射的に顔を背けた。
(やだ、わたしったら、つい……)
気付けば、足は会場の出口へと向かっていた。