旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
どうして、兄がここにいるのだろう。
ソフィアの上の兄――ハリントン伯爵家の嫡男――フェリクスは外交官として、隣国の大使館に派遣されている。その任期は五年で、まだ一年は残っていた。
つまり、彼がここにいるはずがないのだ。
「いつ、お戻りになったのですか?」
「一昨日戻ったばかりだ。急遽、来月から赴任先が変更になってな。その準備の為に、一ヵ月の休暇を貰った」
兄――フェリクスが歩み寄る。 優しく、賢く、誰からも慕われる優秀な兄。
愛情深く、一度たりとも叱られたことがない――大好きだった兄。
それなのに――ソフィアは、びくりと肩を震わせた。
「そうなのですね。……あ、お母様がお呼びなのでしょう? わたくし、会場に戻ります」
早口で言い切り、兄の横を通り過ぎようとする。
だがその瞬間、腕を掴まれた。
「待ちなさい」
ひゅっと、息が止まりそうになる。
「ソフィア。まだ、この兄が恐ろしいか?」
「……っ」
ソフィアは顔を上げられなかった。
もうとっくに忘れたと思っていたのに、掴まれた腕の感触が、フェリクスの声が――あの夜の記憶を呼び起こす。
酒に酔いつぶれた兄に押し倒され、服をはぎ取られかけた、あの夜を――。
「いやっ!」
反射的に、全力で兄の腕を振りほどいた。
体がガタガタと震え、呼吸が乱れる。
「お前――」