旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
いったい誰の許可を得て、我が妻に触れている?
それからしばらくの間、ソフィアはそこから動けなかった。
茂みの影に身を潜め、両腕で自身の身体を抱きしめるようにして震えていた。
――大丈夫、平気よ。
必死にそう言い聞かせるが、冷えた体温はなかなか元に戻ってくれない。
胸の奥で鼓動が荒く打ち、耳鳴りのように響く。
それは、とっくに忘れたと思っていた兄への恐怖心、そのものだった。
すると、そのときだ。
不意に芝生を踏みしめる音が近づいてきて、ソフィアは身を強張らせた。
(まさか、お兄様?)
あの夜の記憶が蘇り、さあっと血の気が引いた。
兄は自分に何もしない、今さら恐れる必要はない――そう理解しているのに、身体は思考とは正反対の反応を示す。
(……どうして)
兄に悪気はなかったのだと、そんな気はなかったのだと知っているのに。
兄の優しさを一番よく理解しているのは、自分であるはずなのに。
(怖い、だなんて……)
だが次の瞬間、耳に届いた声は――。
「……フィア?」
「――っ」
ソフィアはハッと顔を上げた。
そして小さく息を呑んだ。そこに立っていたのが兄ではなく、イシュ・ヴァーレンだったからだ。
「……イシュ?」
安堵のあまり、ソフィアは今度こそ地面にへたり込む。
「どう、して……?」
(なんで、イシュがここにいるの?)