旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
この舞踏会に、商人である彼が招かれるはずがない。
茫然とするソフィアに、イシュは安堵の息を漏らし、柔らかく微笑んだ。
「ヴァーレン商会には貴族の客が多いからね。特別に招待されたんだ」
そうして、ソフィアの顔を覗き込む。
「それより、見つかって良かった。怖かったね。でももう大丈夫だよ。ハリントン卿はホールに戻っていったから」
「……っ」
そう言って、イシュは右手を差し出した。
その仕草は、かつて彼が友人として支えてくれたときと少しも変わらない。
――イシュはソフィアにとって恋愛の対象ではない。ただ、フェリクスとの過去を知る数少ない者のひとりであり、ソフィアが気兼ねなく弱さを見せられる相手だった。
「……イシュ、わたし……」
瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
安堵のあまり、言葉にならない嗚咽を漏らしながら、ソフィアはイシュの手を握りしめた。
「もう、忘れたと……思ってたのに……」
「うん」
「ずっと……前のこと、……なのに……。……自分が……嫌になる……」
立ち上がることもできず、ソフィアはドレスのスカートに涙の染みをつくっていく。
そんなソフィアに寄り添うように、イシュもまた、地面に膝をついた。
イシュはソフィアの手を両手で包み込み、優しく囁く。
「思いっきり泣いたらいい。ここには僕らしかいない。誰も君を見ていない。だから、何の心配もいらないよ。――君が泣き止むまで、僕が側にいるから」
「……っ」
イシュの温もりに触れた瞬間、張り詰めていた心が一気にほどけていく。
ソフィアは涙を止められず、やがて疲労と緊張の糸が切れ、瞼が重くなっていった。
――気がつけば、ソフィアは静かな眠りに落ちていた。