旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
君をあの男にだけは渡したくない
石畳を叩く車輪の音が、夜の静かな街中に規則正しく響く。
王宮を離れた馬車の中、レイモンドはソフィアを抱きかかえたまま、鬱々とした感情に身を焦がしていた。
(……イシュ・ヴァーレン)
ヴァーレン商会――東大陸のナシール連邦・交易都市イシュラに本拠地を置く、世界有数の商貴族。香辛料や宝飾品、染料を扱うことから始まり、今や銀行事業にまで手を広げている巨大商会。
その商会長アシュラフ・ヴァーレン氏の正妻の長子こそが、イシュである。
彼には腹違いを含め二十人もの兄妹がいるが、正妻の男子はイシュと幼い弟の二人だけ。ゆえに、余程の不適格事項でもないかぎり、イシュが次期当主となるのは確実だ。
つまり、イシュには権力がある。名声も、金も、何もかも申し分ない。
ただひとつ問題があるとすれば、イシュラは一夫多妻制であり、イシュ自身すでに二人の妻と三人の子どもを持っているということだ。
正直レイモンドは、その事実を知ったとき安堵した。「妻子があるなら、少なくとも今のソフィアと恋人関係であるはずがない」と。
だが先ほど庭園で目にした光景は、その予想を無惨にも打ち砕くものだった。