旦那様、そろそろ離縁のご準備を〜契約結婚三年目、満了日を目前にして旦那様の様子がどこか変です〜
――イシュの挑発。
『今すぐ離縁するのがソフィアのため』であるとの――あの言葉に、疑問が過ぎる。
(そもそも、なぜあの男は俺を挑発するような真似を? あれは本当に、俺への敵対心だけで発せられた言葉だったのか?)
契約結婚の期限は残りひと月。つまり、あとひと月大人しく待っていれば、ソフィアは自動的に自分と離縁し、あの男のものとなるはずだった。
それなのに、イシュはわざわざあの場で自分を挑発し、侯爵家を敵に回す危険を冒した。商会の次期当主である彼が、貴族を敵に回すことの恐ろしさを知らぬはずがないのに。
つまり、あの挑発は――。
(ただの挑発ではなかったということか? だとしたら、どんな目的で……。本当にソフィアの為だったとでも言うのか?)
そこまで考えて、レイモンドは短く息を吐いた。考えたところで答えに辿り着けるはずもない。
半ば諦め、ソフィアの寝顔に視線を落とす。
「……わかっているのか、ソフィア。今君を抱いているのは、あの男ではなく、俺なんだぞ」
――早く目を開けてくれ。さもないと。
腕の中で、規則正しい吐息を漏らすソフィア。
その唇に吸い寄せられるように、レイモンドは顔を近づけた。ソフィアの吐息が鼻先をかすめ、今にも触れそうになる。
だが、寸前で踏み留まった。
一度触れてしまえば、きっともう止められない。
それ以前に、この行為は重大な契約違反であることを、ぎりぎりのところで思い出した。
「……ああ、クソ」
レイモンドは自己嫌悪のあまり、崩れ落ちるように背もたれに身体を預ける。
(何をやってるんだ、俺は。……こんなときに、正気じゃない)
精神的負荷のあまり、身体がおかしくなってしまったのだろうか。七年もの間眠り続けていた情欲に、火が灯された感覚がする。
「……まるで拷問だ」
レイモンドは湧き上がる熱情を必死に押し殺しながら、腕の中のソフィアに再び視線を落とし、深い溜め息をつくのだった。