愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

8、素材採取で街の外へ

 翌日の午前中。カトリーヌは無事に街の外にいた。

 街道を走る馬車に乗っていて、同乗しているのは護衛のラースとリンである。ラースは背が高くて無口な男で、リンは背が低めで明るく元気いっぱいな女だ。二人とも剣技はかなりのものであり、もう何年もコルディエ侯爵家に仕えていた。

 今回のようにカトリーヌが街の外に行く場合、共に向かうのはたいていこの二人だ。

「カトリーヌ様、疲れてませんか? 疲れたらすぐに言ってくださいね! 私ちゃんと飲み物と軽食も持ってきました」

 座席に置いている背負い鞄を示しながら、リンは笑顔でそう言った。

 今回は比較的近場であり、野営などをする可能性がないため、護衛対象を減らすためにもカトリーヌのメイドは連れてきていないのだ。

 代わりに荷物の管理はリンが受け持っていた。

「ありがとう。でも馬車に乗っているだけでは疲れないから大丈夫。二人も何かあれば言ってね」
「はいっ。ありがとうございます!」
「かしこまりました」

 弾ける笑顔のリンと真面目に頷いたラースを確認し、カトリーヌは口元を緩めながら窓の外に視線を向ける。

 今は目的の川に向けて街道を走っているところで、もう少しで川に一番近い森の入り口に着くはずだ。そこからは三十分ほど森の中を歩くと、川に辿り着ける。

 森の中を歩くため、カトリーヌは動きやすい服装や靴を選んでいた。

「そろそろ止まりますよ〜」

 御者の声が聞こえてきた。御者も侯爵家に雇われている男で、カトリーヌも子供の頃から知っている慣れた相手だ。この御者は自らの身を守れるくらいには剣の心得があるため、護衛なしで街道に残しても問題はない。

「着きますね!」

 いつでも何をしていても楽しそうなリンに、カトリーヌはなんだか癒された。

 それから少しして馬車が完全に止まり、御者が扉を開けたところでカトリーヌたちは馬車から降りた。すぐ近くに森があり、森の奥に向かう獣道があるのが確認できる。

 目的地は騎士団が見回りをしていたり、街の人たちが水浴びや釣りにも来る場所なのだ。そのため獣道とはいえ、普通に歩ける程度には整備されていた。

「では、さっそく行きましょうか!」
「俺たちから離れないでください」
「もちろん。行きましょう」

 カトリーヌは御者の男に声をかけてから、リンとラースに守られて森の中に足を踏み入れた。今回は緑光石だけが目的なので、他の素材には目を向けないように気をつける。

(あ、魔道具に使える素材が……ってダメダメ)

 やはり森の中は素材の宝庫で、ついつい魔道具に有用な素材を見つけると、採取したくなってしまうのだ。

「今日は人がいないみたいね」

 釣り人や素材採取をしている者がいるかもしれないと思っていたが、予想に反して獣道には人気がなかった。

 獣を警戒しつつ先へと進んでいくと、誰とも出会わないまま川に到着する。久しぶりに川を見たが、その自然の美しさに思わず見惚れてしまった。

(癒される)

 しばらく、川のせせらぎを堪能する。

 満足したところで緑光石の採取だ。小石が敷き詰められたような川縁に向かって水中に目を向けると、目的のものがあった。

 それも運がいいことに、手を伸ばせば届くようなところに緑光石が見える。川縁になければ、川の中に入って探す必要があったのだ。

「リン、鞄を取ってくれる?」
「もちろんです!」

 リンが運んできた鞄から、カトリーヌはトングや布、さらにはハンマーとくさびを取り出した。

 緑光石は水中から取り出す前に適切な処理をしなければ、素材としての価値を失うほど品質が劣化するのだ。さらに緑光石の加工は、その石が生まれた水中環境が一番やりやすい。

 例えば川の水と共に緑光石をバケツで採取し、街に運んでからその水の中で処理や加工を……と誰もが考えたが、それで上手くいった者は今までにいない。

 だから緑光石の採取には、カトリーヌ本人が来る必要があったのだ。

「カトリーヌ様、袖が濡れないように捲りますね」
「ありがとう」
「ラースは周囲の警戒ね!」
「承知している」

 リンに手伝ってもらい準備を終えたカトリーヌは、まずは布を川の水に浸して完全に濡らした。そして一度川から上げると、緑光石を磨くのに必要な薬液を少しだけ染み込ませる。

 布の色が黄色になったところで、トングを手にした。
 トングで拾い上げた拳大の緑光石を川の水に浸したまま、布で拭いていく。この単純なように見える作業が、実はかなり難しいのだ。

 緑光石は繊細な素材であり、この拭き取りをしなければ品質が保たれない。とはいえ、適当に拭いただけでも効果はないのだ。過不足なく処理をする必要がある。

 正直なところ、これは経験がものをいう作業だ。それゆえに魔道具師たちは誰もが自らやりたがる。自分で処理をした緑光石の方が使いやすいのだ。

「よし」

 カトリーヌは緑鉱石を磨き終えると、次にくさびを取り出した。

 これは石や鉱石を割るときによく使うもので、石に打ち込む小さめの矢尻みたいなものだ。このくさびを適当な場所にいくつも打ち込み、ハンマーで叩き込んでいくと綺麗に緑光石が割れる。

 今回の魔道具には緑光石を二回使う予定で、溶かして他の金属と完全に混ぜてしまうものに加工は必要ないが、そのまま使用する予定のところは、その使う形に今この段階で加工しておくのが大切だ。

「いつ見てもカトリーヌ様は器用ですよね〜」
「これは慣れているからよ」
「いえ、才能もあると思います」

 リンの褒め言葉にカトリーヌが嬉しそうにしながら、無事に採取は終わった。

 緑光石を厳重に仕舞い込んで道具も片付けたら、今回の採取は完了だ。

「二人ともありがとう。馬車にもど……」
「何か来ます!」

 カトリーヌが立ち上がって二人に声をかけたところで、森の方向を警戒していたラースが鋭く叫んだ。それと同時にリンが剣を抜き、カトリーヌを守るように構える。
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