愚かな婚約者様、あなたの"浮気相手"は私の味方ですよ? 〜手を組んだ2人の才女による華麗なる制裁〜

12、エルベルトと馬車移動

 無事に森を出たカトリーヌたちは、馬車で王都に向かって進んでいた。馬車に乗っているのはカトリーヌとエルベルトの二人だけだ。

 護衛のラースとリンは、馬車の隣を小走りで付いてきている。

「これが馬車か。興味深いな」
「竜族の皆様は馬車に乗らないのですか?」

 カトリーヌの問いかけに、エルベルトはなんでもないことのように答えた。

「ああ、自ら移動した方が速いからな。基本的に他の生き物に乗るということはない。あるとすれば、竜たちに乗るぐらいだな。それもたまにだが」

 普段ならば絶対に聞けないような話に、カトリーヌは神話を神から直に聞いているような、そんな不思議な気持ちになる。

 あまり特別な反応をするのは良くないと思いつつ、少し前のめりになってしまった。

「そのようなことがあるのですね」
「ああ、とても気持ちがいいぞ。しかし竜たちはあまりこちらに配慮してくれないこともある。だからずっと乗ってると疲れるな」

 苦笑を浮かべたエルベルトに、カトリーヌは空を雄大に飛ぶのだろう竜を思い描く。

「いつか、お姿を拝見できたら嬉しいです」

 空飛ぶ竜はたまに目撃情報があるのだ。見ることができたら、幸運が訪れると言われていた。

 頬を緩めるカトリーヌに、エルベルトは少し不思議そうな顔をする。

「カトリーヌは、俺に対して竜に会わせてくれと言わないのだな。俺は人間としっかり関わるのは今回が初めてなのだが、人間と関わっていた仲間たちから、竜に会わせてほしいと頼まれて大変だという話を聞いたことがある」

 思わぬ問いかけに、カトリーヌは少し固まってしまった。

 しかし、すぐに首を横に振る。

「そのような不躾なお願いなどできません」

 竜族たちを困らせていた人がいたなんてと、カトリーヌはとても申し訳なくなった。

 ただ、セドリックが竜族と知り合った時のことを想像したら、そのような人がいるのもすぐに納得できてしまう。セドリックならば、竜神と話をさせろと上から目線で命令するだろう。

「不快な思いをさせてしまい、人間を代表して謝罪を……」

 全てを背負おうとするカトリーヌの悪い癖に、慌てたのはエルベルトだ。

「いや、カトリーヌを責めているわけではない。ただの純粋な疑問だ。仲間たちも深刻に困っているわけではないからな。断ればいいだけだ」

 そのフォローにカトリーヌが顔を上げると、エルベルトはホッとしたように肩の力を抜いた。

「森でカトリーヌと出会えたことは、俺にとって僥倖だったな。街に着いたところで、どうすれば魔道具の情報を得られるのか分からなかったのだ。竜族であると明かせば、騒ぎになることは分かっていた」

 竜族には、一目でその身分を示せる証のピアスがある。今のエルベルトは外しているようだが、それを付ければすぐに竜族だと認められることは確実だろう。

 しかし、同時に大騒ぎとなることも確実だった。

「お会いできて良かったです」

 カトリーヌは心からその言葉が出た。

 王都で竜族であることを明かせば、おそらく忙しい国王の代わりにセドリックがエルベルトに対応することになる。カトリーヌはその様子を想像するのも避けたかった。

 どう考えても、不敬なことになっていただろう。

「あの、お答えできなければそう仰っていただけたらと思うのですが、なぜ魔道具に興味を持たれているのですか? 竜族の皆様には、あまり必要のない技術だと思うのですが……」

 カトリーヌは話を変えるためにも、ずっと疑問に思っていたことを問いかけた。

 するとエルベルトは馬車の窓から遠くを見つめ、視線をカトリーヌに戻してから口を開く。

「俺には、妹がいるんだ」

 先ほどまでよりも眉を下げたエルベルトの表情に、カトリーヌは緊張して居住まいを正した。あまりポジティブな理由ではないのだろうと、心構えをする。

「妹は病弱で、竜族の中で生きていくのは大変な状態だ。おそらくカトリーヌたち人間よりは動けるのだろうが、一時間ほどしか走り続けられないし、一メートルほどしか上に飛べない。さらに魔法もほとんど使えず、水や火を得るのでさえ一人では大変なんだ。その状態で竜族の集落で暮らすには、相当な努力が必要となる」

 エルベルトの妹の状態は、もし人間社会に住むのであればあまり問題とならない程度だ。しかし誰もが人間とは比べ物にならない身体能力を有し、さらに魔法を使える竜族たちの中では、酷く病弱な存在になってしまっていた。

 そもそも集落の作りが、健康な竜族を基準にしているのだ。そのため数メートルの段差があるのは普通であり、そこに階段のようなものは作られない。

 なぜなら、誰もが軽く飛び上がれるから。

 井戸のような機能もない。火打ち石などもない。誰もが全て魔法で賄えてしまうからだ。

「妹は建物のドアを開けられないことさえあるんだ。竜が屋根に降り立っても壊れないようにと頑丈に作られたドアは、妹にはかなり重いらしい」

 カトリーヌは人間社会とは全く違う竜族の暮らしにかなり驚いた。

 そしてその中で暮らすのならば、エルベルトの妹が苦労しているだろうと想像できる。他の全員が魔法を使える中で一人だけ使えなければ、おそらく料理やトイレ、お風呂といった日常的なことにも不可能がつきまとうだろう。

「そんな妹さんのために、魔道具を?」
「ああ、人間たちは魔道具というものを作って生活を便利にしていると聞いて、妹もそれを使えば生活が楽になるのではないかと思った。どうだろう。カトリーヌの意見を聞きたい」

 エルベルトの問いかけに、カトリーヌは内心でかなり高揚していた。

 なぜなら、魔道具の新たな可能性に気づいたからだ。
竜族が魔道具を使うという今まで考えたこともなかった可能性から、魔力が魔道具に何かしらの影響を及ぼすのではないかと思い付いた。

「――まず、水や火などを生み出す魔道具は現在すでに存在しているため、そちらを持ち帰っていただけば妹さんの生活は少し便利になると思います」
「本当か!」

 エルベルトが嬉しそうな表情を見せたのを見て、カトリーヌは妹思いなエルベルトに胸が温かくなる。

「はい。魔道具はどこでも使えますし、誰にでも扱えます。なので問題なく妹さんにも扱えるでしょう。ただ、もう一つ試してみたいことを思いついてしまいました」

 カトリーヌはどうしても魔力の可能性を試してみたくなり、エルベルトに向けてアイデアを話してみることにした。

「魔道具はとても便利ですが、あまり強い効果や大きな効果を生み出すことはできないのです。しかし、もしかしたら竜族の皆様が持つ魔力を用いることで、より魔道具を進化させられるかもしれません。研究してみなければ確定的なことは何も言えませんが、この仮説が正しければ体を浮かせるような強い風を発する魔道具を作って、妹さんが高い段差を軽々と飛べるようになる可能性もあります」

 胸の内で考えているだけでなく声に出すことで、カトリーヌの高揚感はさらに上がった。いつも落ち着いた様子を見せているカトリーヌだが、今は瞳が見るからに輝いている。

 そんなカトリーヌの様子を正面から見て、エルベルトが優しい笑みを浮かべた。

「カトリーヌは魔道具が好きなのだな」
「あっ……はい。その、とても好きです」

 我に返ったカトリーヌが照れて頬を赤くしながら頷くと、エルベルトが少し前のめりになる。

「先ほどの仮説はとても興味深かった。俺が協力するので、ぜひ研究してほしい」
「本当ですか……!」

 カトリーヌは興奮を抑えられなかった。

「もちろんだ。妹のためになることだからな。むしろカトリーヌに負担をかけてしまって申し訳ない。礼は必ずしよう」
「いえ、気になさらないでください。むしろ命を助けていただいたことへのお礼として、まだ釣り合っておりません」

 三人の命を救ってもらったのだ。カトリーヌはもちろん正式な礼もするつもりだが、それ以外にもエルベルトの望みは叶えるつもりだった。

「そんなことはないと思うのだが……まあ良いか」

 エルベルトはそう告げると、話を変えるようにカトリーヌの側に置かれている背負い鞄に目を向けた。それはラースとリンが背負うと主張したが、カトリーヌが二人の負担を減らすためにと馬車に乗せた荷物である。
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