麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
4. 穏やかな日々
モモネリアを攫ってきた日から、もうすぐ一ヶ月経とうとしていた。
初めこそ、モモネリアが食事をとらず心配で気が狂いそうだったが、モモネリアの食べたいと言った果物をもいで戻った日から、モモネリアのなかで何かが変わったようだ。
食事は、ほぼ残さずとるようになったし、何より言葉数が増えた。表情が明るくなり、行動的になった。
俺に対する距離感も、徐々に近づいている気がする。
少しずつ、心を開いてきてくれていると思うのは自惚れだろうか。
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この世は、科学の発展に多いに貢献している人間、武力に優れた獣人、魔法を操る魔法使い、不思議な力をもつドワーフの四種族が生きている。
ここ、トーリェンシア国には主に獣人が暮らし、時折獣人の『番』である人間を見かけるくらいである。
俺は一ヶ月前王命を受け、仕事でモモネリアの暮らしていたミネトーネ国に滞在していた。
ミネトーネ国は、トーリェンシア国の隣に位置し、気候もよく似ていた。
暑くなったり、寒くなったり、その日によって気温が全く異なる。
モモネリアに出会った日は比較的あたたかく、空いた時間で俺は外を散歩していた。
そして、俺にとって唯一無二の番、モモネリアに出会ったのだ。
あの日、俺は確かにモモネリアを攫った。
獣人だから、とか、本能だから、とかそんなものじゃない。
モモネリアを一目見た瞬間、自分のものにしたいと感じたのは確かだが、獣人とて理性はきちんと持ち合わせている。
していいことと悪いことくらいの分別はある。
本来なら、きちんと手順を踏んで、求婚すべきところであるし、言い訳でも何でもなく、あの状況でなければ俺もそうしたかった。
それなのに、何故有無を言わさず、モモネリアを攫ったのかーー。
◇
あの日、モモネリアをみた俺は、歓喜する己の本能と共に、このまま帰しては彼女を失うかもしれない、と強く感じた。
番を守らなければならない、という防衛本能とでも言うのだろうか。
モモネリア自身は、無意識だったのかもしれないが、あの日の彼女は普通ではなかった。
初対面の俺が言うのもおかしいとわかっているが、番だからこそ感じるものがあったのだ。
あの日の彼女は何か心にドス黒いものを抱えていて、この世を諦めているような....そんな仄暗い空気を纏っていた。
目を離したら消えてしまいそうな....儚い空気だった。
彼女を救いたい。
彼女を守りたい。
そして、俺が笑顔にしてあげたい。
そう思って....気づいたら身体が動いていた。
してはいけないことをした自覚はある。
でも、後悔はしていなかった。
きっと普通に話しかけても、彼女は家に帰っていただろう。
そうすると、俺は彼女の側を離れなければならない。
彼女をひとりにしてしまう。
どうしても、今は彼女の側を片時も離れてはいけないと思ったのだ。
例え彼女に嫌われても、彼女が生きていてくれるならそれでいい。
彼女に愛されなくても、俺は彼女だけを愛し続ける。
どんなことがあっても俺が彼女を支えたい。
そのために.....俺は彼女を攫ったーー。