世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第10話 すれ違いの中に、ひとしずく
訓練場の空気は、今日も張りつめていた。
甲高い金属音、兵士の掛け声、砂埃。
まっすぐに立ち、無駄なく指導を続ける男の姿は女性からしたら美しいのか、たくましいのかわからない。
ゼロスもその一人なのかもしれない。
重騎士たちでさえ気圧される無口な指導官の名を聞けば、誰もが背筋を伸ばす。
――そんな空間に、またしても【異物】が現れる。
「わぁ……今日も熱気すごいなぁ……」
ぐうたら令嬢と呼ばれている少女、レイリア・エルヴァーン。
日傘を差し、片手にはお気に入りの桃の花茶。
今日も見事なぐうたらっぷりで日陰のベンチに腰を下ろす。
(あの女……また来たのか)
視線の先に立つゼロスの眉が、微かに動いている事にゼロス自身気にならない。
彼女は砂埃舞う訓練場の隅、清涼感たっぷりの姿で紅茶をすすっている。
場違いにもほどがある光景だが、本人はまったく意に介さない。
「暑い日に風通しのいい場所で飲むお茶って、最高なんだよねぇ……はぁ~、生き返る……」
まるでここが自宅の庭のような態度。
それをちらりと見やったゼロスは、口には出さないもののまた心の中で呟く。
(……なんなんだ、あの女は……もしかして、バカにしているのか?)
訓練を続けながらも、意識の端に彼女の姿がちらつく。
怠け者、常識外れ、緊張感ゼロ……にも関わらず、どこか視線が引き寄せられるのはなぜか。
その正体に、彼自身もまだ気づいていなかった。
▽ ▽ ▽
一方、観客席の高台、日傘を立てて涼んでいたレイリアの元に兄であるアレクと姉であるセリナがやって来る。
「……レイリア。今日も見物かい?」
「うん、特等席で昼寝するために……兄さまたちも訓練?」
「ええ、これからアレクの盾に思いっきり雷魔法やろうと思って」
「……兄さまを殺さないでね、姉さま」
「あら、ちゃんと加減はするわよ?」
フフっと笑いながら答えるセリナの姿に、アレクが何処か落ち着かない様子で涙目になっている事に、セリナは気づかないまま。
とりあえず手を伸ばし、優しく慰めていると、セリナはふと、レイリアに向けて声をかける。
「あのゼロスって人見ていたでしょう?あなたとしてはどうなの?」
「頑固者でわからない男だけど……腕はいいよね。筋が通ってる……流石は最強と言われているぐらいはあるね」
「あなたが言うなら、そうなんでしょうね」
そのように言いながらセリナはレイリアの頭を優しく撫でる。
そして、そのようにぽつりと呟いた彼女に、アレクは目を丸くする。
「えっ、レイリアが他人を評価した!?しかもゼロスを!他人なんて興味ないみたいな顔をしているのに」
「兄さまそれは酷い……けど、評価ってほどじゃないよ。ただ……ちゃんと動いてるってだけ。見てて安心するというか変なごまかしがないというか……」
「うーん、つまり……真面目ってことね」
と、セリナがクスッと笑った。
「でも、彼、真面目すぎて友達一人いないらしいわよ?」
「あー、それは納得……」
「でもね、案外あなたには合うかも。気を遣わずに済む相手って大事よ」
「えー……無理無理。あの堅物じゃ私と合わない。私は、昼寝がしたい、のんびりしたい……正直、戦場なんて行きたくないし、魔物や悪い人間をぶん殴る事は嫌い。私は、ぐうたらしたい」
レイリアは日傘をゆるく回しながら、遠くの訓練場をぼんやり眺める。
「……あの王子の婚約者になった時から、窮屈な勉強とかばっかりで、戦場以外、楽に動けたことなかったし」
その一言に、静かだった空気が――ぴたりと止まる。
姉のセリナはレイリアの頭を撫でるのをやめ、目元にうっすら笑みを浮かべながら静かに言った。
「……やっぱり、焼き払っておくべきだったかしら?あの国……」
その声は穏やかで、落ち着いた響きだった。
けれど、言っている内容はとても穏やかとは言えない。
「今さら焼いても、骨すら残らないかもしれないけど……」
「え、セリナ姉さま、物騒すぎない……?」
そう呟いたレイリアの横で、兄アレクが真剣な顔で腕を組んだ後、静かに頷く。
「いや……正直同感だな。僕、レイリアがあの王子に変な目で見られるたびに、剣を抜きそうになってた」
「冷静だったじゃん、アレク兄さま」
「それは、僕が盾だったから。我慢する役目ってそういうものでしょ?」
真顔で言うアレクの横で、セリナがくすっと笑い、指を軽く立てる。
「じゃあ、今回は攻撃担当を私がやるからあなたが引き受けて」
「任せて。弓が飛んできたらこの盾で全部受け止める」
「爆発魔法にも対応してる?」
「半径三メートルまでなら」
「頼もしいわね」
二人は、まるで本当に軍議を始めたかのように息ぴったりだった。
「あのーえっと……ねえ、待って?私、別に怒ってないよー……?」
困惑するレイリアの声もどこ吹く風。
アレクは重たげな騎士盾を構えるように腕を動かし、セリナは真剣な眼差しで地図もないのに机を指差している。
「じゃあ、第一目標地点は王城。そのあと魔術師団の塔を制圧して……」
「弓兵が出てきたら、僕が前に出るから安心して突っ込んで」
「二人とも、本当にやめ……か、かあさまでもいいから、誰かとめて……」
レイリアは呆れたように笑いながら、日傘を少し傾けて日差しを遮る。
そんな物騒な兄姉を横目に彼女はふと、訓練場で剣を振るう男――ゼロスの背を目で追った。
(……堅物だけど、なんか……ちゃんと真面目にやってる人って、妙に目に入るなぁ)
理由のない気になる、と言う感じの配。
それに気づかぬフリをしたまま、レイリアはまた小さく欠伸を一つ、ついた。
呆れながらも、レイリアはふっと笑う。そして、何気なく――視線が再びゼロスの方へと向く。
その背中はまっすぐで、無駄がなく、ぶれない。堅物で、面倒そうで、融通が利かなさそうな姿。
(……でも)
どこか、懐かしさに似た安心感がある気がして。
レイリアは、もう一度欠伸をしながら、そっと目を閉じるのだった。
甲高い金属音、兵士の掛け声、砂埃。
まっすぐに立ち、無駄なく指導を続ける男の姿は女性からしたら美しいのか、たくましいのかわからない。
ゼロスもその一人なのかもしれない。
重騎士たちでさえ気圧される無口な指導官の名を聞けば、誰もが背筋を伸ばす。
――そんな空間に、またしても【異物】が現れる。
「わぁ……今日も熱気すごいなぁ……」
ぐうたら令嬢と呼ばれている少女、レイリア・エルヴァーン。
日傘を差し、片手にはお気に入りの桃の花茶。
今日も見事なぐうたらっぷりで日陰のベンチに腰を下ろす。
(あの女……また来たのか)
視線の先に立つゼロスの眉が、微かに動いている事にゼロス自身気にならない。
彼女は砂埃舞う訓練場の隅、清涼感たっぷりの姿で紅茶をすすっている。
場違いにもほどがある光景だが、本人はまったく意に介さない。
「暑い日に風通しのいい場所で飲むお茶って、最高なんだよねぇ……はぁ~、生き返る……」
まるでここが自宅の庭のような態度。
それをちらりと見やったゼロスは、口には出さないもののまた心の中で呟く。
(……なんなんだ、あの女は……もしかして、バカにしているのか?)
訓練を続けながらも、意識の端に彼女の姿がちらつく。
怠け者、常識外れ、緊張感ゼロ……にも関わらず、どこか視線が引き寄せられるのはなぜか。
その正体に、彼自身もまだ気づいていなかった。
▽ ▽ ▽
一方、観客席の高台、日傘を立てて涼んでいたレイリアの元に兄であるアレクと姉であるセリナがやって来る。
「……レイリア。今日も見物かい?」
「うん、特等席で昼寝するために……兄さまたちも訓練?」
「ええ、これからアレクの盾に思いっきり雷魔法やろうと思って」
「……兄さまを殺さないでね、姉さま」
「あら、ちゃんと加減はするわよ?」
フフっと笑いながら答えるセリナの姿に、アレクが何処か落ち着かない様子で涙目になっている事に、セリナは気づかないまま。
とりあえず手を伸ばし、優しく慰めていると、セリナはふと、レイリアに向けて声をかける。
「あのゼロスって人見ていたでしょう?あなたとしてはどうなの?」
「頑固者でわからない男だけど……腕はいいよね。筋が通ってる……流石は最強と言われているぐらいはあるね」
「あなたが言うなら、そうなんでしょうね」
そのように言いながらセリナはレイリアの頭を優しく撫でる。
そして、そのようにぽつりと呟いた彼女に、アレクは目を丸くする。
「えっ、レイリアが他人を評価した!?しかもゼロスを!他人なんて興味ないみたいな顔をしているのに」
「兄さまそれは酷い……けど、評価ってほどじゃないよ。ただ……ちゃんと動いてるってだけ。見てて安心するというか変なごまかしがないというか……」
「うーん、つまり……真面目ってことね」
と、セリナがクスッと笑った。
「でも、彼、真面目すぎて友達一人いないらしいわよ?」
「あー、それは納得……」
「でもね、案外あなたには合うかも。気を遣わずに済む相手って大事よ」
「えー……無理無理。あの堅物じゃ私と合わない。私は、昼寝がしたい、のんびりしたい……正直、戦場なんて行きたくないし、魔物や悪い人間をぶん殴る事は嫌い。私は、ぐうたらしたい」
レイリアは日傘をゆるく回しながら、遠くの訓練場をぼんやり眺める。
「……あの王子の婚約者になった時から、窮屈な勉強とかばっかりで、戦場以外、楽に動けたことなかったし」
その一言に、静かだった空気が――ぴたりと止まる。
姉のセリナはレイリアの頭を撫でるのをやめ、目元にうっすら笑みを浮かべながら静かに言った。
「……やっぱり、焼き払っておくべきだったかしら?あの国……」
その声は穏やかで、落ち着いた響きだった。
けれど、言っている内容はとても穏やかとは言えない。
「今さら焼いても、骨すら残らないかもしれないけど……」
「え、セリナ姉さま、物騒すぎない……?」
そう呟いたレイリアの横で、兄アレクが真剣な顔で腕を組んだ後、静かに頷く。
「いや……正直同感だな。僕、レイリアがあの王子に変な目で見られるたびに、剣を抜きそうになってた」
「冷静だったじゃん、アレク兄さま」
「それは、僕が盾だったから。我慢する役目ってそういうものでしょ?」
真顔で言うアレクの横で、セリナがくすっと笑い、指を軽く立てる。
「じゃあ、今回は攻撃担当を私がやるからあなたが引き受けて」
「任せて。弓が飛んできたらこの盾で全部受け止める」
「爆発魔法にも対応してる?」
「半径三メートルまでなら」
「頼もしいわね」
二人は、まるで本当に軍議を始めたかのように息ぴったりだった。
「あのーえっと……ねえ、待って?私、別に怒ってないよー……?」
困惑するレイリアの声もどこ吹く風。
アレクは重たげな騎士盾を構えるように腕を動かし、セリナは真剣な眼差しで地図もないのに机を指差している。
「じゃあ、第一目標地点は王城。そのあと魔術師団の塔を制圧して……」
「弓兵が出てきたら、僕が前に出るから安心して突っ込んで」
「二人とも、本当にやめ……か、かあさまでもいいから、誰かとめて……」
レイリアは呆れたように笑いながら、日傘を少し傾けて日差しを遮る。
そんな物騒な兄姉を横目に彼女はふと、訓練場で剣を振るう男――ゼロスの背を目で追った。
(……堅物だけど、なんか……ちゃんと真面目にやってる人って、妙に目に入るなぁ)
理由のない気になる、と言う感じの配。
それに気づかぬフリをしたまま、レイリアはまた小さく欠伸を一つ、ついた。
呆れながらも、レイリアはふっと笑う。そして、何気なく――視線が再びゼロスの方へと向く。
その背中はまっすぐで、無駄がなく、ぶれない。堅物で、面倒そうで、融通が利かなさそうな姿。
(……でも)
どこか、懐かしさに似た安心感がある気がして。
レイリアは、もう一度欠伸をしながら、そっと目を閉じるのだった。