世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第09話 ゼロス・ヴァルトールと言う男
アルディナ王国軍――西部方面軍総本部。
その一角にある武具庫の裏で、一人の男が静かに剣を磨いていた。
――ゼロス・ヴァルトール。
黒髪に鋭い銀の瞳、身のこなしは獣のように静かでどんな場所でも気配を抑えている。その名を聞けば王国の兵士は皆、口を閉じて背筋を正す。
《蒼刃の死神》――それが、彼に付けられた異名だった。
青白い光を帯びる魔槍を操り、戦場ではひたすらに敵を切り捨てる。
魔物だろうと盗賊だろうと血も涙もないかのような斬撃で沈める様は、まさに【死神】の名にふさわしかった。
だが、そんな彼にも――戦場では見せない一つの【思考の癖】と言うモノがある。
(……あの女)
剣の手入れを終え、ふと空を見上げる。
脳裏に浮かんだのは、昼間、訓練場にふらりと現れた、金髪の少女の姿。
――レイリア・エルヴァーン。
カティア・アルディナの末娘。見た目は優雅のように見えるが言動はふにゃふにゃ。戦場の空気にまるでなじまない、あだ名は【ぐうたら令嬢】と以前の国でも言われていた存在らしい。
そして――ゼロスにとって、心の底から、理解できない存在だった。
「昼寝の場所を探してただけ、だと……?」
無意識のうちに呟いた自分の声が、虚空に溶ける。
(……甘やかされて育った、典型的な貴族だ)
そう決めつけていた。
そして、それが彼を苛立たせていた。
▽ ▽ ▽
――十数年前。
まだゼロスが幼い少年だったころ、彼は戦災孤児と言うものだった。
家を焼かれ、村を失い、飢えに倒れかけていた自分を救ったのが――あのカティア・アルディナだった。
高貴で、美しく、誇り高い王女。しかし同時に槍を手に自ら戦場に立ち、子供ひとりにも優しく接する人物だった。
ゼロスは彼女に憧れた。
彼女のように、強くなりたいと願った。
そして、剣を握った。
だからこそ――
(その娘が、あんな風に怠けているなど、許せるはずがない)
母が命を懸けて守ってきた国や人間の重みをあの娘は微塵も知らず、ただ優雅に昼寝しているだけ。
そのように思い、そのように考えていた。
(だけど、何故だ……?)
レイリア・エルヴァーンのあの目。
無気力で、眠たげで、まるで世界に興味がないようでいて――ふとした瞬間に底の見えない深淵のような光が宿る。
(あれは……何だ?)
ゼロスは剣を鞘に納めながら、頭を振った。
「くだらん。……俺が気にすることではない」
そう呟いて、訓練場へ戻る。
けれど、心の片隅で小さな違和感が燻り続けていた。
まるで自分自身が、何か大きな勘違いをしているような、妙な予感。
――レイリア・エルヴァーン。
その名が、今後の彼の運命を揺るがす存在となるなど、この時のゼロスは、まだ知る由もなかった。
その一角にある武具庫の裏で、一人の男が静かに剣を磨いていた。
――ゼロス・ヴァルトール。
黒髪に鋭い銀の瞳、身のこなしは獣のように静かでどんな場所でも気配を抑えている。その名を聞けば王国の兵士は皆、口を閉じて背筋を正す。
《蒼刃の死神》――それが、彼に付けられた異名だった。
青白い光を帯びる魔槍を操り、戦場ではひたすらに敵を切り捨てる。
魔物だろうと盗賊だろうと血も涙もないかのような斬撃で沈める様は、まさに【死神】の名にふさわしかった。
だが、そんな彼にも――戦場では見せない一つの【思考の癖】と言うモノがある。
(……あの女)
剣の手入れを終え、ふと空を見上げる。
脳裏に浮かんだのは、昼間、訓練場にふらりと現れた、金髪の少女の姿。
――レイリア・エルヴァーン。
カティア・アルディナの末娘。見た目は優雅のように見えるが言動はふにゃふにゃ。戦場の空気にまるでなじまない、あだ名は【ぐうたら令嬢】と以前の国でも言われていた存在らしい。
そして――ゼロスにとって、心の底から、理解できない存在だった。
「昼寝の場所を探してただけ、だと……?」
無意識のうちに呟いた自分の声が、虚空に溶ける。
(……甘やかされて育った、典型的な貴族だ)
そう決めつけていた。
そして、それが彼を苛立たせていた。
▽ ▽ ▽
――十数年前。
まだゼロスが幼い少年だったころ、彼は戦災孤児と言うものだった。
家を焼かれ、村を失い、飢えに倒れかけていた自分を救ったのが――あのカティア・アルディナだった。
高貴で、美しく、誇り高い王女。しかし同時に槍を手に自ら戦場に立ち、子供ひとりにも優しく接する人物だった。
ゼロスは彼女に憧れた。
彼女のように、強くなりたいと願った。
そして、剣を握った。
だからこそ――
(その娘が、あんな風に怠けているなど、許せるはずがない)
母が命を懸けて守ってきた国や人間の重みをあの娘は微塵も知らず、ただ優雅に昼寝しているだけ。
そのように思い、そのように考えていた。
(だけど、何故だ……?)
レイリア・エルヴァーンのあの目。
無気力で、眠たげで、まるで世界に興味がないようでいて――ふとした瞬間に底の見えない深淵のような光が宿る。
(あれは……何だ?)
ゼロスは剣を鞘に納めながら、頭を振った。
「くだらん。……俺が気にすることではない」
そう呟いて、訓練場へ戻る。
けれど、心の片隅で小さな違和感が燻り続けていた。
まるで自分自身が、何か大きな勘違いをしているような、妙な予感。
――レイリア・エルヴァーン。
その名が、今後の彼の運命を揺るがす存在となるなど、この時のゼロスは、まだ知る由もなかった。