世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第16話 救援、そして雷の魔女
雷光が収束し、戦場に一瞬の静寂が落ちた。
先ほど雷パンチをまともに食らって吹き飛ばされた弟――ゼイディスは、岩にめり込んだまま動けずにいる。
「……やっぱり私、いなくてもよかったのではないですか……兄上」
「そう言うな……お前の補助魔法、ちゃんと役に立ってるって」
そんなことを笑いながら返したラグザールは、ゆっくりと首を鳴らした。
「……はー……はは……」
笑っている――腹部を殴り飛ばされ、どう見ても無傷では済んでいないはずなのに。
それでも目の前の魔族は、心底楽しそうに笑っていた。
「やべぇな。本当に最高だわ」
ラグザールが地を蹴る。
魔力が爆ぜ、その身体が一瞬で距離を詰めた。
「っ――!」
レイリアも迎撃に出る。
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が再び戦場を薙いだ。
――ドォン!!
互いに弾かれ、即座に踏み込み直す。
ラグザールの拳が振り下ろされ、レイリアはそれを受け流しながら懐へ潜り込んだ。
「遅い!」
「そっちこそ!」
レイリアは低く身を沈め、そのまま鋭く蹴り上げる。
――ガァンッ!!
つま先がラグザールの顎を正確に捉え、魔族の身体が宙に浮いた。
「お――?」
その一瞬の浮遊を、レイリアは逃がさない。
「はーい、覚悟の二発目ぇーの、雷ぱーんち」
あまりにも気の抜けた台詞とは裏腹に、その踏み込みは鋭かった。
腰を捻り、雷をまとわせた拳を真上へ叩き上げる。
――ズドォォォンッ!!!
空気が裂け、轟音とともにラグザールの身体が地面へ叩き落とされた。
大地が陥没し、土煙が高く立ちのぼる。
兵士たちは、もう声すら出せなかった。
……だが。
「……っは……」
土煙の中から、笑い声が響く。
ラグザールは地面に仰向けのまま、片腕も脚もまともに動かない状態で、それでもなお笑っていた。
「く、くく……最高だ……」
血を吐きながら、それでも歯を見せて笑う。
「……なぁ……【拳姫】……」
その呼び方に、レイリアはあからさまに眉をひそめた。
「その顔で笑うのやめてくれない?気持ち悪いんだけど」
「それが褒め言葉だって、そろそろ理解しろよな、おい」
ラグザールは、かすかに首だけを動かして空を見上げた。
「……でも、今日はここまで、かな」
その瞬間――空気が変わった。
重く、鋭く、研ぎ澄まされた雷の気配。
直後、周囲に残っていた魔獣たちが、まるで一瞬で焼き払われたかのように崩れ落ちる。
レイリアは軽く背伸びをしながら、その気配の主へ視線を向けた。
「……あら?」
涼やかな声が、戦場に落ちる。
そこに立っていたのは、鋭い瞳でこちらを見下ろす一人の女性――レイリアの姉、セリナだった。
「随分派手に暴れていると思ったら……レイリア、あなた、だいぶその魔族に好かれているわね」
「冗談やめてよ、セリナ姉様……あと、できればそこから動かないで。変態根暗男がいるから」
「…………ああ」
レイリアの言葉に、セリナはすぐに何かを察した。
だが、わずかに遅かった。
「遅れてごめんねー?ちょっと遠回りしちゃって」
ひょこっと隣から顔を出したのは、弓を構え、にやりと笑うもう一人の少女。
リヴィアである。
「リヴィア姉様……アレク兄様は近くにいない?」
「え? アレク?いないけど――」
その一言を聞いた瞬間、岩にめり込んだままだったゼイディスの目が、かっと見開かれた。
「……っ!!」
「あ、やべ」
震える身体。
腹部を押さえながら、ゆっくりと、それでも確実に立ち上がっていく。
レイリアはその様子を見て、思わず本音を漏らした。
「うわ……」
だが、そんな周囲の反応などどうでもいいと言わんばかりに、ゼイディスは震えていた。
「……あ……ああ……」
両膝をつき、両手を胸の前で組む。
まるで、神を前にした信徒のように。
いや、それよりもなお質が悪い。もっと粘つくような、ひどく一方的で、酔いきった熱を含んでいた。
「……雷の……魔女……」
その声は恍惚としていた。
熱に浮かされたように震え、うっとりと蕩けている。
「セリナ様……お会いできて……光栄、です……。ああ……やはり、お美しい……その雷を纏ったお姿……まるで天上の裁き……いえ、むしろ神罰そのもの……」
「……うわ」
今度はレイリアが、心の底から嫌そうな声を漏らした。
「やっぱり無理。生理的に無理だわ……セリナ姉様ー」
「……ええ、分かっているわ、レイリア」
対照的に、セリナは一歩前へ出る。
その表情はいつもどおり涼やかだったが、目だけが完全に冷えていた。
「ゼイディスさん、無理に立たなくて結構です。あなたはここで終わりですから」
にっこりと、とてもきれいな笑顔で。
けれど、言っていることは一切優しくない。
それでもゼイディスは、寧ろますますうっとりと笑みを深めた。
「ええ……ええ……その冷たさ……その見下ろすような眼差し……すばらしい……ああ、できることなら、もう少し近くで……その雷に焼かれながら拝みた――」
「うっわ、ほんと無理!」
今度はリヴィアが素で一歩下がった。
「ちょっと待って、想像以上に気持ち悪いんだけど!?何あれ、魔族ってみんなああなの!?」
「一緒にしないでほしいわね……少なくとも、あれはだいぶ特別枠よ」
「特別枠でも嫌すぎる……」
レイリアは眉間に皺を寄せたまま、完全に顔をしかめていた。
ゼイディスはそんな三姉妹の反応すら都合よく受け取っているのか、頬を紅潮させながら続ける。
「拒絶のお言葉まで美しい……ああ……やはりセリナ様は至高……雷鳴に愛されしそのお姿、永久にこの目に刻み――」
その様子を見て、地面に転がっていたラグザールが深々とため息をついた。
「……はぁぁぁ……」
心底疲れきった、重たい吐息だった。
「おい……ゼイディス……。それ、身内の俺でも普通に引くぞ……」
「あ、兄上!何をおっしゃるのですか!今日のセリナ様はいつにも増して神々しく――」
「うるせぇしキモいし恥ずかしいから黙れ」
「恥ずかしいとは失礼な! これは純粋な敬愛――」
「粘着質な変態の間違いだろ」
「あ、兄上だってレイリア様に――」
「俺はお前のような気持ち悪さはださねぇよ」
ばっさり斬られたにもかかわらず、ゼイディスはめげなかった。
「ですが、見てください兄上!あの雷!あの気高き立ち姿! あの冷たいお声! ああ、やはり何度見ても――」
「見ろって言われても見たくねぇんだよ、俺は……なんでうちの弟はこうなっちまったんだ……」
静かに呟きながら、深いため息を吐くラグザールだった。
そこでゼイディスは、さらに一歩、いや半歩ほど膝でにじり寄ろうとした。
「セリナ様……どうか、どうかもう一度……その雷で私を――」
「あ、近づかないでください」
その瞬間、セリナの雷魔法が容赦なく降り注いだ。
――バヂィィッ!!
「あああああっ!?」
最後まで言い切る前に、ゼイディスの身体が派手に跳ねる。
髪はさらにちりちりになり、全身から煙が上がった。
「言ったそばから食らってるんじゃないわよ」
「いや、姉様の雷、ほんと一切容赦ないね……」
「当然でしょう」
「でも、まだ足りない気がする」
レイリアが真顔で言う。
「わかる」
リヴィアも即座に頷いた。
「むしろあと三発くらい必要じゃない?」
「ええ、最低でも」
セリナまで同意する。
三姉妹が揃って本気で引いている。
それでもゼイディスは、痺れた身体を震わせながらうっとりした顔を崩さなかった。
「……はぁ……はぁ……やはり……最高……」
「うっわぁ……だめ、鳥肌立った」
「ほんと無理……」
レイリアも半眼のまま、完全に嫌悪を隠さない。
「兄弟で仲良くしてほしかったけど、これは無理なやつだわ」
「同感ね」
セリナも冷たく言い放つ。
そんな三姉妹の反応を見ながら、ラグザールはまたしても重たいため息をついた。
「……はぁ……悪いな、お前ら。身内として謝っとく」
「兄上、なぜそこで謝るのです!?私はただ己の感動に忠実なだけで――」
「その忠実さが最悪なんだよ」
「ひどい……」
「ひどくねぇよ。むしろ今まで誰も言わなかったのが優しさだろ」
ラグザールは呆れたように弟を見下ろしながらも、その瞳だけは細く鋭かった。
笑ってはいても、戦場にいる以上、意識の芯はまったく緩んでいない。
戦いは、まだ終わっていない。
空気の奥には、なおも濃い魔力がうずまいている。
レイリアもまた、嫌そうな顔のまま拳を握り直した。
――次に動けば、今度こそ本当に決着が近い。
そう感じさせるだけの緊張が、戦場にはまだ残っていた。
先ほど雷パンチをまともに食らって吹き飛ばされた弟――ゼイディスは、岩にめり込んだまま動けずにいる。
「……やっぱり私、いなくてもよかったのではないですか……兄上」
「そう言うな……お前の補助魔法、ちゃんと役に立ってるって」
そんなことを笑いながら返したラグザールは、ゆっくりと首を鳴らした。
「……はー……はは……」
笑っている――腹部を殴り飛ばされ、どう見ても無傷では済んでいないはずなのに。
それでも目の前の魔族は、心底楽しそうに笑っていた。
「やべぇな。本当に最高だわ」
ラグザールが地を蹴る。
魔力が爆ぜ、その身体が一瞬で距離を詰めた。
「っ――!」
レイリアも迎撃に出る。
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が再び戦場を薙いだ。
――ドォン!!
互いに弾かれ、即座に踏み込み直す。
ラグザールの拳が振り下ろされ、レイリアはそれを受け流しながら懐へ潜り込んだ。
「遅い!」
「そっちこそ!」
レイリアは低く身を沈め、そのまま鋭く蹴り上げる。
――ガァンッ!!
つま先がラグザールの顎を正確に捉え、魔族の身体が宙に浮いた。
「お――?」
その一瞬の浮遊を、レイリアは逃がさない。
「はーい、覚悟の二発目ぇーの、雷ぱーんち」
あまりにも気の抜けた台詞とは裏腹に、その踏み込みは鋭かった。
腰を捻り、雷をまとわせた拳を真上へ叩き上げる。
――ズドォォォンッ!!!
空気が裂け、轟音とともにラグザールの身体が地面へ叩き落とされた。
大地が陥没し、土煙が高く立ちのぼる。
兵士たちは、もう声すら出せなかった。
……だが。
「……っは……」
土煙の中から、笑い声が響く。
ラグザールは地面に仰向けのまま、片腕も脚もまともに動かない状態で、それでもなお笑っていた。
「く、くく……最高だ……」
血を吐きながら、それでも歯を見せて笑う。
「……なぁ……【拳姫】……」
その呼び方に、レイリアはあからさまに眉をひそめた。
「その顔で笑うのやめてくれない?気持ち悪いんだけど」
「それが褒め言葉だって、そろそろ理解しろよな、おい」
ラグザールは、かすかに首だけを動かして空を見上げた。
「……でも、今日はここまで、かな」
その瞬間――空気が変わった。
重く、鋭く、研ぎ澄まされた雷の気配。
直後、周囲に残っていた魔獣たちが、まるで一瞬で焼き払われたかのように崩れ落ちる。
レイリアは軽く背伸びをしながら、その気配の主へ視線を向けた。
「……あら?」
涼やかな声が、戦場に落ちる。
そこに立っていたのは、鋭い瞳でこちらを見下ろす一人の女性――レイリアの姉、セリナだった。
「随分派手に暴れていると思ったら……レイリア、あなた、だいぶその魔族に好かれているわね」
「冗談やめてよ、セリナ姉様……あと、できればそこから動かないで。変態根暗男がいるから」
「…………ああ」
レイリアの言葉に、セリナはすぐに何かを察した。
だが、わずかに遅かった。
「遅れてごめんねー?ちょっと遠回りしちゃって」
ひょこっと隣から顔を出したのは、弓を構え、にやりと笑うもう一人の少女。
リヴィアである。
「リヴィア姉様……アレク兄様は近くにいない?」
「え? アレク?いないけど――」
その一言を聞いた瞬間、岩にめり込んだままだったゼイディスの目が、かっと見開かれた。
「……っ!!」
「あ、やべ」
震える身体。
腹部を押さえながら、ゆっくりと、それでも確実に立ち上がっていく。
レイリアはその様子を見て、思わず本音を漏らした。
「うわ……」
だが、そんな周囲の反応などどうでもいいと言わんばかりに、ゼイディスは震えていた。
「……あ……ああ……」
両膝をつき、両手を胸の前で組む。
まるで、神を前にした信徒のように。
いや、それよりもなお質が悪い。もっと粘つくような、ひどく一方的で、酔いきった熱を含んでいた。
「……雷の……魔女……」
その声は恍惚としていた。
熱に浮かされたように震え、うっとりと蕩けている。
「セリナ様……お会いできて……光栄、です……。ああ……やはり、お美しい……その雷を纏ったお姿……まるで天上の裁き……いえ、むしろ神罰そのもの……」
「……うわ」
今度はレイリアが、心の底から嫌そうな声を漏らした。
「やっぱり無理。生理的に無理だわ……セリナ姉様ー」
「……ええ、分かっているわ、レイリア」
対照的に、セリナは一歩前へ出る。
その表情はいつもどおり涼やかだったが、目だけが完全に冷えていた。
「ゼイディスさん、無理に立たなくて結構です。あなたはここで終わりですから」
にっこりと、とてもきれいな笑顔で。
けれど、言っていることは一切優しくない。
それでもゼイディスは、寧ろますますうっとりと笑みを深めた。
「ええ……ええ……その冷たさ……その見下ろすような眼差し……すばらしい……ああ、できることなら、もう少し近くで……その雷に焼かれながら拝みた――」
「うっわ、ほんと無理!」
今度はリヴィアが素で一歩下がった。
「ちょっと待って、想像以上に気持ち悪いんだけど!?何あれ、魔族ってみんなああなの!?」
「一緒にしないでほしいわね……少なくとも、あれはだいぶ特別枠よ」
「特別枠でも嫌すぎる……」
レイリアは眉間に皺を寄せたまま、完全に顔をしかめていた。
ゼイディスはそんな三姉妹の反応すら都合よく受け取っているのか、頬を紅潮させながら続ける。
「拒絶のお言葉まで美しい……ああ……やはりセリナ様は至高……雷鳴に愛されしそのお姿、永久にこの目に刻み――」
その様子を見て、地面に転がっていたラグザールが深々とため息をついた。
「……はぁぁぁ……」
心底疲れきった、重たい吐息だった。
「おい……ゼイディス……。それ、身内の俺でも普通に引くぞ……」
「あ、兄上!何をおっしゃるのですか!今日のセリナ様はいつにも増して神々しく――」
「うるせぇしキモいし恥ずかしいから黙れ」
「恥ずかしいとは失礼な! これは純粋な敬愛――」
「粘着質な変態の間違いだろ」
「あ、兄上だってレイリア様に――」
「俺はお前のような気持ち悪さはださねぇよ」
ばっさり斬られたにもかかわらず、ゼイディスはめげなかった。
「ですが、見てください兄上!あの雷!あの気高き立ち姿! あの冷たいお声! ああ、やはり何度見ても――」
「見ろって言われても見たくねぇんだよ、俺は……なんでうちの弟はこうなっちまったんだ……」
静かに呟きながら、深いため息を吐くラグザールだった。
そこでゼイディスは、さらに一歩、いや半歩ほど膝でにじり寄ろうとした。
「セリナ様……どうか、どうかもう一度……その雷で私を――」
「あ、近づかないでください」
その瞬間、セリナの雷魔法が容赦なく降り注いだ。
――バヂィィッ!!
「あああああっ!?」
最後まで言い切る前に、ゼイディスの身体が派手に跳ねる。
髪はさらにちりちりになり、全身から煙が上がった。
「言ったそばから食らってるんじゃないわよ」
「いや、姉様の雷、ほんと一切容赦ないね……」
「当然でしょう」
「でも、まだ足りない気がする」
レイリアが真顔で言う。
「わかる」
リヴィアも即座に頷いた。
「むしろあと三発くらい必要じゃない?」
「ええ、最低でも」
セリナまで同意する。
三姉妹が揃って本気で引いている。
それでもゼイディスは、痺れた身体を震わせながらうっとりした顔を崩さなかった。
「……はぁ……はぁ……やはり……最高……」
「うっわぁ……だめ、鳥肌立った」
「ほんと無理……」
レイリアも半眼のまま、完全に嫌悪を隠さない。
「兄弟で仲良くしてほしかったけど、これは無理なやつだわ」
「同感ね」
セリナも冷たく言い放つ。
そんな三姉妹の反応を見ながら、ラグザールはまたしても重たいため息をついた。
「……はぁ……悪いな、お前ら。身内として謝っとく」
「兄上、なぜそこで謝るのです!?私はただ己の感動に忠実なだけで――」
「その忠実さが最悪なんだよ」
「ひどい……」
「ひどくねぇよ。むしろ今まで誰も言わなかったのが優しさだろ」
ラグザールは呆れたように弟を見下ろしながらも、その瞳だけは細く鋭かった。
笑ってはいても、戦場にいる以上、意識の芯はまったく緩んでいない。
戦いは、まだ終わっていない。
空気の奥には、なおも濃い魔力がうずまいている。
レイリアもまた、嫌そうな顔のまま拳を握り直した。
――次に動けば、今度こそ本当に決着が近い。
そう感じさせるだけの緊張が、戦場にはまだ残っていた。