世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第17話 過去と鎖、そして問いかけ
雷鳴が静まったころ、戦場には焼け焦げた魔物の残骸とうめき声を漏らすゼイディスの姿、そして雷魔法を一気に放出し終えたセリナが無言で髪を結い直しているという、なんとも言えない光景が広がっていた。
「セリナ姉様……さすがに雷の出力、ちょっと高すぎたんじゃ……」
「手加減したつもりだったのだけれど、顔を見ていたら……指先が滑ったのよ。こう、するりと」
「はは、姉様らしいわ……けど、あれはもう病気だよねぇ」
「……いっそ、もう少し強めでもよかったかしら」
「セリナ姉様、やめてやめて」
優雅に微笑むセリナの横で、リヴィアが次の矢をつがえようとしているのを、レイリアが慌てて止める。
一方のゼイディスは、雷で髪をちりちりにしながら、なおもうっとりと目を閉じていた。
「……っかぁ……まぶしい……ああ、光が……天使か……もう、死んでも、いい……」
そんな魔族の姿を見て、兵士の誰かがぼそりとつぶやく。
「……あれ、戦場にいちゃいけないタイプじゃないか?」
「というか、あれで生きてるの、すごくないか……?」
まったくもって同意だった。
そして、もう一人。
「――ん……わ、っとと……」
身体がふらついたレイリアが、がくんと膝を折りかけた瞬間。
背中から支えるように、誰かの腕が伸びてきた。
「……っ、大丈夫ですか?」
「――あー……ゼロス様」
見上げた先にいたのは、ゼロスだった。
整った横顔はいつもどおり殆ど表情を変えていない。
だが、その眉間にはわずかな皺が寄っている。どうやら、思っていた以上に心配してくれているらしい。
「……無理をしすぎです。あなたの魔力、限界を超えていました」
「うん……まあ、雷の魔石、まだ慣れてないしね。パフォーマンス重視で、ちょっと派手にやりすぎたかも」
肩で息をしながらも、レイリアは薄く笑う。
「ほら、昼寝する暇もなかったし」
「…………戦場で寝るつもりだったんですか」
「違うよ、もうちょっと落ち着いたらって話……」
軽口を叩くレイリアの顔色は、正直あまりよくなかった。
ゼロスは腕を貸したまま、どこか遠くを見るような目で小さくつぶやく。
「……ぐうたらなだけの令嬢だと思っていたんですがね」
「ほらぁ。そうやって人の評価を早めに決めつけるの、よくないと思うなー?」
「……ええ。まったく、その通りです」
その時、不意に静かな声が割って入った。
「――レイリア」
名を呼んだのは、横たわったまま、それでも笑っていた男――ラグザールだった。
「……何?」
さすがに疲れが出ているのか、レイリアは顔だけをそちらへ向ける。
ラグザールは仰向けのまま、両腕を広げて空を見上げながら、どこか愉しげに口を開いた。
「話は変わるんだが、お前……あの国の王子との婚約、もう終わったんだよな?」
「え……うん。破棄されたからね」
「そうか……そうだよな」
ぽつりと落とされたその声は、妙に静かだった。
けれど次の瞬間、ラグザールは喉の奥でくつくつと笑う。
「……ついに、か」
その声音には、安堵にも似たものと、長く待っていた獲物をようやく見つけたような熱が混じっていた。
「ずっと気に食わなかったんだよな。お前があんなつまらない檻の中に入れられてるの」
レイリアの眉が、わずかにひそめられる。
ラグザールはそんな彼女の反応すら面白がるように、目を細めた。
「お前は、ああいう場所に縛られる女じゃねぇだろ。昼寝してる顔してても、退屈そうにしてても、どこにも収まらないくせに」
まるで、前からずっと見ていたかのような口ぶりだった。
「……何、その言い方」
「そのままの意味だよ」
ラグザールは仰向けのまま、ゆっくりと首だけをこちらへ向ける。
その口元には、いつものように笑みが浮かんでいたが、瞳の奥にはじっとりとした執着が滲んでいた。
「他のやつのものみたいな顔して並んでるお前、正直かなり気に入らなかった」
ぽつり、と。
「じゃあ――アークフェンは、滅ぼしても構わねぇよな?」
「…………は?」
唐突すぎるその言葉に、レイリアは目を瞬かせた。
背後では、ゼロスの手が一瞬ぴくりと動く。
ラグザールはゆっくりと体を慣らしながら、話をそのまま続ける。
「お前を縛りつけようとした国。魔物や魔族を理由もなく狩って、狩って、狩り続けたあの国だ」
「いや、まあ……命令でやったの、私だし。恨むなら私を恨んでいいよ?」
「なんでお前を恨むんだよ」
「うーん……なんか話が噛み合ってないぞー」
そもそも、魔物たちを数多く討伐していたのは、他でもないレイリアを中心としたエルヴァーン家だ。
だからこそ彼女は、目の前の男――ラグザールの言葉に、違和感を覚えた。
そんな彼が、小さく呟く。
「――俺たちの姉貴まで攫いやがった奴らに……未練、ないよな?」
その言葉に、レイリアの表情が静かに変わる。
「ちょっと待って。……【攫った】?そんなの聞いてないし、知らない。最近リリスを見かけなかったから、どうしたんだろうとは思ってたけど……」
「やっぱり知らねぇのか……」
ラグザールは短く息を吐いた。
「一年前、あの国はリリスを殺すんじゃなく、妙な術を使って攫った。助けたかったが……どうしても助けられなかった」
「……二度目の初耳なんだけど、それ」
レイリアは真顔になる。
その顔を見て、ラグザールはふっと鼻で笑った。
「……まあ、お前が知らなかったのはよかったぜ。お前には、まだそういう【純粋さ】が残ってないと困るからな」
「何その基準……」
ラグザールは構わず続ける。
「あの国、何かを隠してやがる。俺たちはもう嗅ぎつけてる。リリスがどこかに閉じ込められてるのは、まず間違いない」
「……最近、何か変な動きをしてるって父様が言ってたな」
国を出る少し前――父がどこか嫌な顔をしていたのを、レイリアは思い出す。
何かおかしな動きがある、一年前から続いているから調べている――そんなことを言っていた気がする。
(……その時、魔物退治の帰りで眠くて、詳しく聞かなかったけど)
きな臭い、静かに息を吐きながら、レイリアはラグザールへ視線を向けた。
その瞳には、はっきりと怒りが宿っていた。
「……レイリア。お前を無理やり国に縛った連中は、きっとリリスのことも同じように捕まえてる。俺はそう思ってる」
「…………」
レイリアは黙ったまま、遠くの空を見つめる。
ゼロスが何か言おうと口を開きかけたが、それより先にレイリアがぽつりとつぶやいた。
「……仮に、あの国がリリスを閉じ込めていたとして」
「おう」
「それでも、【滅ぼす】って選択は、私はあんまり好きじゃないかな……殴るのは賛成だけど」
「ははっ……!」
その答えに、ラグザールは目を細めて笑った。
「じゃあ、どうすんだ?」
「全部、ぶん殴ってでも真実を吐かせる。できれば……昼寝の邪魔にならない程度にね」
ぼそっと言いながら、レイリアはゼロスの肩を借りて立ち上がる。
そこへ、セリナとリヴィアがゆっくり歩いてきた。
「レイリア、どうしたの? 顔色が悪いわ」
「……いや、ちょっと。国ひとつぶっ壊すかどうかの相談してた」
「さらっと言う内容じゃないわね、それ」
「ほんとだよ」
リヴィアが即座に突っ込む。
そのやり取りを聞いていたラグザールは、もう一度笑った。
「……やっぱ、お前はおもしれぇよ、【拳姫】」
その笑みに、レイリアは苦笑を返す。
「褒め言葉に聞こえないのが、あんたの欠点だね」
「じゃあ次に会う時は、もっと正しく口説いてやる」
「そういうのはいいんで、お断りします」
レイリアはじとっとした目を向けた。
「ほんと、君たち魔族は執着心が強すぎるんだよ。あの根暗男といい……ほら、セリナ姉様の顔見てみなよ。すごく嫌そうな顔してるから」
「あー……それは悪い。そこは兄として謝る」
ラグザールが妙に素直に頭を下げる。
そのやり取りが落ち着いたころ、ゼロスは静かに魔槍を肩に担ぎ、ぽつりと漏らした。
「……この一族、全員規格外ですね……」
「聞こえてるよ?」
レイリアはすぐさま小さく突っ込む。
その声音には、疲れの中にもいつもの調子が少し戻っていた。
「セリナ姉様……さすがに雷の出力、ちょっと高すぎたんじゃ……」
「手加減したつもりだったのだけれど、顔を見ていたら……指先が滑ったのよ。こう、するりと」
「はは、姉様らしいわ……けど、あれはもう病気だよねぇ」
「……いっそ、もう少し強めでもよかったかしら」
「セリナ姉様、やめてやめて」
優雅に微笑むセリナの横で、リヴィアが次の矢をつがえようとしているのを、レイリアが慌てて止める。
一方のゼイディスは、雷で髪をちりちりにしながら、なおもうっとりと目を閉じていた。
「……っかぁ……まぶしい……ああ、光が……天使か……もう、死んでも、いい……」
そんな魔族の姿を見て、兵士の誰かがぼそりとつぶやく。
「……あれ、戦場にいちゃいけないタイプじゃないか?」
「というか、あれで生きてるの、すごくないか……?」
まったくもって同意だった。
そして、もう一人。
「――ん……わ、っとと……」
身体がふらついたレイリアが、がくんと膝を折りかけた瞬間。
背中から支えるように、誰かの腕が伸びてきた。
「……っ、大丈夫ですか?」
「――あー……ゼロス様」
見上げた先にいたのは、ゼロスだった。
整った横顔はいつもどおり殆ど表情を変えていない。
だが、その眉間にはわずかな皺が寄っている。どうやら、思っていた以上に心配してくれているらしい。
「……無理をしすぎです。あなたの魔力、限界を超えていました」
「うん……まあ、雷の魔石、まだ慣れてないしね。パフォーマンス重視で、ちょっと派手にやりすぎたかも」
肩で息をしながらも、レイリアは薄く笑う。
「ほら、昼寝する暇もなかったし」
「…………戦場で寝るつもりだったんですか」
「違うよ、もうちょっと落ち着いたらって話……」
軽口を叩くレイリアの顔色は、正直あまりよくなかった。
ゼロスは腕を貸したまま、どこか遠くを見るような目で小さくつぶやく。
「……ぐうたらなだけの令嬢だと思っていたんですがね」
「ほらぁ。そうやって人の評価を早めに決めつけるの、よくないと思うなー?」
「……ええ。まったく、その通りです」
その時、不意に静かな声が割って入った。
「――レイリア」
名を呼んだのは、横たわったまま、それでも笑っていた男――ラグザールだった。
「……何?」
さすがに疲れが出ているのか、レイリアは顔だけをそちらへ向ける。
ラグザールは仰向けのまま、両腕を広げて空を見上げながら、どこか愉しげに口を開いた。
「話は変わるんだが、お前……あの国の王子との婚約、もう終わったんだよな?」
「え……うん。破棄されたからね」
「そうか……そうだよな」
ぽつりと落とされたその声は、妙に静かだった。
けれど次の瞬間、ラグザールは喉の奥でくつくつと笑う。
「……ついに、か」
その声音には、安堵にも似たものと、長く待っていた獲物をようやく見つけたような熱が混じっていた。
「ずっと気に食わなかったんだよな。お前があんなつまらない檻の中に入れられてるの」
レイリアの眉が、わずかにひそめられる。
ラグザールはそんな彼女の反応すら面白がるように、目を細めた。
「お前は、ああいう場所に縛られる女じゃねぇだろ。昼寝してる顔してても、退屈そうにしてても、どこにも収まらないくせに」
まるで、前からずっと見ていたかのような口ぶりだった。
「……何、その言い方」
「そのままの意味だよ」
ラグザールは仰向けのまま、ゆっくりと首だけをこちらへ向ける。
その口元には、いつものように笑みが浮かんでいたが、瞳の奥にはじっとりとした執着が滲んでいた。
「他のやつのものみたいな顔して並んでるお前、正直かなり気に入らなかった」
ぽつり、と。
「じゃあ――アークフェンは、滅ぼしても構わねぇよな?」
「…………は?」
唐突すぎるその言葉に、レイリアは目を瞬かせた。
背後では、ゼロスの手が一瞬ぴくりと動く。
ラグザールはゆっくりと体を慣らしながら、話をそのまま続ける。
「お前を縛りつけようとした国。魔物や魔族を理由もなく狩って、狩って、狩り続けたあの国だ」
「いや、まあ……命令でやったの、私だし。恨むなら私を恨んでいいよ?」
「なんでお前を恨むんだよ」
「うーん……なんか話が噛み合ってないぞー」
そもそも、魔物たちを数多く討伐していたのは、他でもないレイリアを中心としたエルヴァーン家だ。
だからこそ彼女は、目の前の男――ラグザールの言葉に、違和感を覚えた。
そんな彼が、小さく呟く。
「――俺たちの姉貴まで攫いやがった奴らに……未練、ないよな?」
その言葉に、レイリアの表情が静かに変わる。
「ちょっと待って。……【攫った】?そんなの聞いてないし、知らない。最近リリスを見かけなかったから、どうしたんだろうとは思ってたけど……」
「やっぱり知らねぇのか……」
ラグザールは短く息を吐いた。
「一年前、あの国はリリスを殺すんじゃなく、妙な術を使って攫った。助けたかったが……どうしても助けられなかった」
「……二度目の初耳なんだけど、それ」
レイリアは真顔になる。
その顔を見て、ラグザールはふっと鼻で笑った。
「……まあ、お前が知らなかったのはよかったぜ。お前には、まだそういう【純粋さ】が残ってないと困るからな」
「何その基準……」
ラグザールは構わず続ける。
「あの国、何かを隠してやがる。俺たちはもう嗅ぎつけてる。リリスがどこかに閉じ込められてるのは、まず間違いない」
「……最近、何か変な動きをしてるって父様が言ってたな」
国を出る少し前――父がどこか嫌な顔をしていたのを、レイリアは思い出す。
何かおかしな動きがある、一年前から続いているから調べている――そんなことを言っていた気がする。
(……その時、魔物退治の帰りで眠くて、詳しく聞かなかったけど)
きな臭い、静かに息を吐きながら、レイリアはラグザールへ視線を向けた。
その瞳には、はっきりと怒りが宿っていた。
「……レイリア。お前を無理やり国に縛った連中は、きっとリリスのことも同じように捕まえてる。俺はそう思ってる」
「…………」
レイリアは黙ったまま、遠くの空を見つめる。
ゼロスが何か言おうと口を開きかけたが、それより先にレイリアがぽつりとつぶやいた。
「……仮に、あの国がリリスを閉じ込めていたとして」
「おう」
「それでも、【滅ぼす】って選択は、私はあんまり好きじゃないかな……殴るのは賛成だけど」
「ははっ……!」
その答えに、ラグザールは目を細めて笑った。
「じゃあ、どうすんだ?」
「全部、ぶん殴ってでも真実を吐かせる。できれば……昼寝の邪魔にならない程度にね」
ぼそっと言いながら、レイリアはゼロスの肩を借りて立ち上がる。
そこへ、セリナとリヴィアがゆっくり歩いてきた。
「レイリア、どうしたの? 顔色が悪いわ」
「……いや、ちょっと。国ひとつぶっ壊すかどうかの相談してた」
「さらっと言う内容じゃないわね、それ」
「ほんとだよ」
リヴィアが即座に突っ込む。
そのやり取りを聞いていたラグザールは、もう一度笑った。
「……やっぱ、お前はおもしれぇよ、【拳姫】」
その笑みに、レイリアは苦笑を返す。
「褒め言葉に聞こえないのが、あんたの欠点だね」
「じゃあ次に会う時は、もっと正しく口説いてやる」
「そういうのはいいんで、お断りします」
レイリアはじとっとした目を向けた。
「ほんと、君たち魔族は執着心が強すぎるんだよ。あの根暗男といい……ほら、セリナ姉様の顔見てみなよ。すごく嫌そうな顔してるから」
「あー……それは悪い。そこは兄として謝る」
ラグザールが妙に素直に頭を下げる。
そのやり取りが落ち着いたころ、ゼロスは静かに魔槍を肩に担ぎ、ぽつりと漏らした。
「……この一族、全員規格外ですね……」
「聞こえてるよ?」
レイリアはすぐさま小さく突っ込む。
その声音には、疲れの中にもいつもの調子が少し戻っていた。