世間ではぐうたら令嬢ですが、実は拳姫と戦場で呼ばれております。
第18話 嘗ての因縁、罪の家系
戦場に漂っていた緊張感が、ようやく静まりはじめた頃だった。
「……ふぅ」
ラグザールがゆっくりと立ち上がり、背中の砂埃を払うようにしながら、骨の鳴る音を立てて首を回す。
「ま、今日はこのくらいにしといてやるか。こっちも片腕くらい骨いってそうだしな」
「それ、確実にいってると思うよ。変な角度になってるもん」
レイリアが至極あっさりと指摘すると、ラグザールはへらっと笑っただけだった。
「また来るぜレイリア。次はもっといいコンディションでな?」
「うん、お願い。今度はちゃんと寝たあとに来てよ。こっちも昼寝のあとに迎えてあげるから」
「……殺し合い前提で言う台詞じゃねぇな、それ」
笑いながら、ラグザールは意識を失った弟――ゼイディスを肩へひょいと担ぎ上げる。
ゼイディスは頭の先まで黒焦げで、目の焦点もどこか彼方を向いていた。
それでも、不気味なほどうっとりとした笑みだけは浮かべたままだった。
「うぅ……セリナ様の雷……今日も良かった……」
「今日もって何だよ。二度と来るな、根暗野郎」
「……いつの間にこうなっちまったんだろうな、うちの弟は」
ラグザールは呆れたように、けれどどこか諦めきった声音でつぶやく。
それを見たセリナは、心底嫌そうに顔をそむけた。
「ラグザールさん、そのまま地面に埋めて帰ってもいいのよ?」
「いや、俺でもさすがにこれは兄として回収義務があるから……悪いな」
「……ご愁傷さま」
セリナが冷たく言い放つ横で、ラグザールはふっと笑った。
「じゃ、次は――本気で殺り合おうぜ」
「うん……なるべくセリナ姉様の近くには来ないでくれると嬉しいけど」
「………………善処する」
実にゆるい別れだった。
けれど、それが寧ろ【彼ら】の奇妙な関係を物語っているようでもあった。
ラグザールとゼイディスの姿が森の奥へ消えていく。
それと同時に、周囲に残っていた魔物たちも次々と気配を失っていった。
とりあえず、今は何とかなった――そう思ったときだった。
ゼロスがふと口を開く。
「……あの魔族たちとは……いったい、どういう関係なのですか?」
その問いに、レイリアは一拍置いて、短く答えた。
「んー……【腐れ縁】、なのかな?」
「腐れ、縁……?」
「まあ、説明すると長いんだけど――ちょっと時間、ある?」
ゼロスがうなずくと、レイリアは小さく息を吐いて空を仰いだ。
淡い風が髪を撫でる中、彼女は静かに語り始める。
――昔々、この大陸には【聖女】と【勇者】がいた。
聖女は癒やしと導きの力を持ち、勇者はあらゆるものを断つ剣を持っていた。
二人はともに旅をし、最終的に【魔王】を打ち倒した。
その【勇者】の血筋が、現在の王家へと繋がっていく。
そして、聖女の血を受け継いだのが――エルヴァーン家だ。
「私たちの一族は、勇者の剣じゃなくて、【その後始末】を引き継いでるの」
「後始末……」
「魔王が倒されても、魔族は消えなかった。その中でも特にしぶとくて、強くて、しかも性格最悪なやつらが何人か残ってたの」
「……まさか」
「そう。さっきの二人。ラグザールとゼイディス。あいつらは、魔王直属の【三魔将】だった。しかもね……」
レイリアは少しだけ唇を歪める。
「タチが悪いことに――強いんだ、これが」
その一言に、ゼロスの表情がわずかに険しくなった。
「本来なら、私たち一族が討つべき存在だったんだけど……いろいろあって、長いこと中立みたいな状態が続いてるの」
「それは、なぜ……?」
「一度は本気で戦ったの。私も、姉様たちも、兄様も……父様も、母様も。みんなで。けどね、何ていうか……」
レイリアは少し間を置いて、ぽつりと続けた。
「決着がつかなかった、ほぼ互角……あるいは、相性次第ではこっちが不利になるくらい」
その告白に、ゼロスは黙り込む。
あのエルヴァーン家が互角、あるいはそれ以下。
それだけで、相手がどれほど規格外なのかが分かった。
「でも、あの姉弟たちはなんだかんだで妙な【執着】を持っててね。ゼイディスはセリナ姉様にご執心だし、ラグザールは……」
「……あなたに、ですか?」
「うん。なんでか知らないけど」
レイリアは少し遠い目をした。
「私がまだ十歳くらいの頃に初めて戦ったんだけど、なんかよく分からないまま笑って『殺し合おうぜ』って言ってくるんだよ。こっちは子どもだったのに。しかも昼寝したいだけだったのに」
「十歳で……!?」
ゼロスの声に、思わず驚きが混じる。
「それでも、ああして言葉を交わす関係なんですね」
「殺し合いながら会話するとか、魔族相手だと普通にあるんだよね。変な文化だと思う」
レイリアは心底面倒くさそうに言いながら、ふと思い出したように表情を曇らせた。
「――あと、もう一人いるの。リリス」
「確か……あの二人の姉、ですか?」
「うん。ラグザールとゼイディスの姉で……最近姿を見なかったから、まさか閉じ込められてるなんて思いもしなかった」
そこでレイリアは言葉を切り、ゼロスへ向き直る。
「そのリリスはね、父様に執着してるの。それもかなり重症で……だから、いつも母様とぶつかってた。あの父様が引くくらい」
「それは……また厄介な話ですね」
「【執着】っていうより、【狂愛】かな。あれは普通に怖い」
レイリアは困ったように笑って肩をすくめる。
その笑顔の奥に、複雑な因縁の影がかすかに覗いた。
「……私たちエルヴァーン家って、魔族にとっては【罪の家系】でもあるんだよ。過去に何百、何千って魔族を倒してきたから」
「……だからこそ、彼らはあなた方に執着する」
「うん……殺したいけど、失いたくない。たぶん、そんな感じなんだと思う」
重く、静かな沈黙が流れた。
だが、そのあとでレイリアはいつもの調子で笑う。
「まあ、全部まとめてぶん殴って解決すればいいんだけどね。面倒ごとって、だいたい拳で解決できるし」
「……本気でそう思っているんですね」
「本気だよ?」
その笑顔は、底抜けにあっけらかんとしていた。
「だって、私は【拳姫】だからね」
そう言って笑う彼女の姿に、ゼロスは何も返せない。
ただ静かに、その横顔を見つめることしかできなかった。
「……ふぅ」
ラグザールがゆっくりと立ち上がり、背中の砂埃を払うようにしながら、骨の鳴る音を立てて首を回す。
「ま、今日はこのくらいにしといてやるか。こっちも片腕くらい骨いってそうだしな」
「それ、確実にいってると思うよ。変な角度になってるもん」
レイリアが至極あっさりと指摘すると、ラグザールはへらっと笑っただけだった。
「また来るぜレイリア。次はもっといいコンディションでな?」
「うん、お願い。今度はちゃんと寝たあとに来てよ。こっちも昼寝のあとに迎えてあげるから」
「……殺し合い前提で言う台詞じゃねぇな、それ」
笑いながら、ラグザールは意識を失った弟――ゼイディスを肩へひょいと担ぎ上げる。
ゼイディスは頭の先まで黒焦げで、目の焦点もどこか彼方を向いていた。
それでも、不気味なほどうっとりとした笑みだけは浮かべたままだった。
「うぅ……セリナ様の雷……今日も良かった……」
「今日もって何だよ。二度と来るな、根暗野郎」
「……いつの間にこうなっちまったんだろうな、うちの弟は」
ラグザールは呆れたように、けれどどこか諦めきった声音でつぶやく。
それを見たセリナは、心底嫌そうに顔をそむけた。
「ラグザールさん、そのまま地面に埋めて帰ってもいいのよ?」
「いや、俺でもさすがにこれは兄として回収義務があるから……悪いな」
「……ご愁傷さま」
セリナが冷たく言い放つ横で、ラグザールはふっと笑った。
「じゃ、次は――本気で殺り合おうぜ」
「うん……なるべくセリナ姉様の近くには来ないでくれると嬉しいけど」
「………………善処する」
実にゆるい別れだった。
けれど、それが寧ろ【彼ら】の奇妙な関係を物語っているようでもあった。
ラグザールとゼイディスの姿が森の奥へ消えていく。
それと同時に、周囲に残っていた魔物たちも次々と気配を失っていった。
とりあえず、今は何とかなった――そう思ったときだった。
ゼロスがふと口を開く。
「……あの魔族たちとは……いったい、どういう関係なのですか?」
その問いに、レイリアは一拍置いて、短く答えた。
「んー……【腐れ縁】、なのかな?」
「腐れ、縁……?」
「まあ、説明すると長いんだけど――ちょっと時間、ある?」
ゼロスがうなずくと、レイリアは小さく息を吐いて空を仰いだ。
淡い風が髪を撫でる中、彼女は静かに語り始める。
――昔々、この大陸には【聖女】と【勇者】がいた。
聖女は癒やしと導きの力を持ち、勇者はあらゆるものを断つ剣を持っていた。
二人はともに旅をし、最終的に【魔王】を打ち倒した。
その【勇者】の血筋が、現在の王家へと繋がっていく。
そして、聖女の血を受け継いだのが――エルヴァーン家だ。
「私たちの一族は、勇者の剣じゃなくて、【その後始末】を引き継いでるの」
「後始末……」
「魔王が倒されても、魔族は消えなかった。その中でも特にしぶとくて、強くて、しかも性格最悪なやつらが何人か残ってたの」
「……まさか」
「そう。さっきの二人。ラグザールとゼイディス。あいつらは、魔王直属の【三魔将】だった。しかもね……」
レイリアは少しだけ唇を歪める。
「タチが悪いことに――強いんだ、これが」
その一言に、ゼロスの表情がわずかに険しくなった。
「本来なら、私たち一族が討つべき存在だったんだけど……いろいろあって、長いこと中立みたいな状態が続いてるの」
「それは、なぜ……?」
「一度は本気で戦ったの。私も、姉様たちも、兄様も……父様も、母様も。みんなで。けどね、何ていうか……」
レイリアは少し間を置いて、ぽつりと続けた。
「決着がつかなかった、ほぼ互角……あるいは、相性次第ではこっちが不利になるくらい」
その告白に、ゼロスは黙り込む。
あのエルヴァーン家が互角、あるいはそれ以下。
それだけで、相手がどれほど規格外なのかが分かった。
「でも、あの姉弟たちはなんだかんだで妙な【執着】を持っててね。ゼイディスはセリナ姉様にご執心だし、ラグザールは……」
「……あなたに、ですか?」
「うん。なんでか知らないけど」
レイリアは少し遠い目をした。
「私がまだ十歳くらいの頃に初めて戦ったんだけど、なんかよく分からないまま笑って『殺し合おうぜ』って言ってくるんだよ。こっちは子どもだったのに。しかも昼寝したいだけだったのに」
「十歳で……!?」
ゼロスの声に、思わず驚きが混じる。
「それでも、ああして言葉を交わす関係なんですね」
「殺し合いながら会話するとか、魔族相手だと普通にあるんだよね。変な文化だと思う」
レイリアは心底面倒くさそうに言いながら、ふと思い出したように表情を曇らせた。
「――あと、もう一人いるの。リリス」
「確か……あの二人の姉、ですか?」
「うん。ラグザールとゼイディスの姉で……最近姿を見なかったから、まさか閉じ込められてるなんて思いもしなかった」
そこでレイリアは言葉を切り、ゼロスへ向き直る。
「そのリリスはね、父様に執着してるの。それもかなり重症で……だから、いつも母様とぶつかってた。あの父様が引くくらい」
「それは……また厄介な話ですね」
「【執着】っていうより、【狂愛】かな。あれは普通に怖い」
レイリアは困ったように笑って肩をすくめる。
その笑顔の奥に、複雑な因縁の影がかすかに覗いた。
「……私たちエルヴァーン家って、魔族にとっては【罪の家系】でもあるんだよ。過去に何百、何千って魔族を倒してきたから」
「……だからこそ、彼らはあなた方に執着する」
「うん……殺したいけど、失いたくない。たぶん、そんな感じなんだと思う」
重く、静かな沈黙が流れた。
だが、そのあとでレイリアはいつもの調子で笑う。
「まあ、全部まとめてぶん殴って解決すればいいんだけどね。面倒ごとって、だいたい拳で解決できるし」
「……本気でそう思っているんですね」
「本気だよ?」
その笑顔は、底抜けにあっけらかんとしていた。
「だって、私は【拳姫】だからね」
そう言って笑う彼女の姿に、ゼロスは何も返せない。
ただ静かに、その横顔を見つめることしかできなかった。